スペクトル線

~なぜ様々な光で観測するのか?~

公開日:2021 年 1 月 22 日
最終更新日 更新履歴
2021 年 3 月 8 日:彩層温度に関する記述を修正 & 画像を切り替えられる機能を追加
2021 年 2 月 4 日:IRIS の Mg k 線に関する説明を追加
2021 年 1 月 22 日:公開
:2021 年 3 月 8 日

異なる波長の光で観測すると、光球、彩層、コロナといった、太陽大気の様々な高度の層を見ることができます。観測結果の理解のために欠かせない吸収線の知識を中心に、各波長の光がどのようにして発せられたものなのかを説明します。

特定の波長の光で見る

メディアでよく見かける太陽の画像は、例えば 図 1 のように、 プロミネンス 脚注 [プロミネンス]:彩層 (太陽表面、光球の少し上の層) の画像を見たときに、太陽面の縁で表面から高く立ち上った雲のような構造をプロミネンスと言います。その大きさや具体的な形は様々です。太陽面内にあるプロミネンスは暗い構造として写ります。これをフィラメントと言います。 図の提供 GONG/NSO/AURA/NSF. GONG とは AURA と呼ばれる機関が主導するプログラムであり、全世界 6 箇所に同じ観測装置が配置され、常に太陽の安定した情報が得られている。 のような構造が表面から立ち上っていたりと、「燃えている」印象を受けやすいものだと思います。これらの画像は単に望遠鏡に減光フィルターを付けて太陽に向ければ撮れるわけではなく、特定の波長の光だけを通すような特殊なフィルターを用いて撮られています。光の波長とは何かについては記事「光とは何か?」で説明しています。

図 1   波長 30.4 nm で撮られた姿と波長 17.1 nm で撮られた姿を合成して作られた太陽の画像:提供 NASA's Goddard Space Flight Center ( 引用元 ).

太陽の画像を見る際には、画像に写っている赤や黄色のような色は、人工的に着けられたものであることに注意してください。ほとんどの画像はある特定の波長 (色) の光だけを捉えたものであり、普通の写真とは違って、色の情報を持っていません。要はモノクロ画像です。使われる波長は人間の目には見えない領域のものであることも多々あります。例えば 図 1 は、太陽が発する X 線 脚注 [X 線]:電磁波 (光) のうち、波長が大体 0.01 nm から 10 nm の領域のものを X 線と言います。光子のエネルギーに換算すると、大体 100 eV から 100 keV の領域です。特に、波長 1 nm から 10 nm 程度の光 (軟 X 線) はコロナで発せられ、波長 0.1 nm 以下の光 (硬 X 線) は高エネルギー粒子の加減速によって発せられます。X 線は地球大気に吸収されるので、宇宙からの観測が必要です。 に近い 紫外線 脚注 [紫外線]:電磁波 (光) のうち、波長が大体 10 nm から 380 nm の領域のものを紫外線と言います。波長 10 nm 付近 (極端紫外線) にある輝線はしばしばコロナの観測に用いられます。紫外線は地球大気に吸収されるので、宇宙からの観測が必要です。 (極端紫外線、EUV) を捉えた画像です。

どの観測装置によって撮られたものかを分かりやすくするために、慣習に従った色が付けられています。各々の画像は、単に捉えられた光の強度 (明るさ) を色の明暗によって図示しています。

特殊なフィルターは用いずに、望遠鏡に減光フィルターのみを付けて太陽を観測した場合、 図 2 のように見えます。このような観測方法を「白色光」での観測と表現します。この場合、プロミネンスのような立ち上った構造は見えず、のっぺりと明瞭な円盤 (実際は球体) が確認できます。

図 2   白色光で撮影された太陽表面:東京・三鷹にある国立天文台の 10 cm 黒点望遠鏡によって 2015 年 9 月 28 日に観測された。説明を加えてある。提供 国立天文台/太陽観測科学プロジェクト .

このような白色光での観測において表面に見える層を「太陽表面」と言います。太陽表面より外側は太陽大気、内側は太陽内部と言います。今後、太陽大気の「高度」という概念が現れますが、これは太陽表面をゼロとしたときの値です ( より細かい高度ゼロの定義について 脚注 [太陽表面の細かい定義]:表面として見える高度は、正確には見る光の波長によっても違いますし、円盤状に見える太陽の中心部分を見るか縁の付近を見るかによっても微妙に変わります。波長 500 nm の光 (連続光) で中心部を観測したときに光が発せられている面が高度ゼロと定義されることが多いです。光球は高度ゼロから 500 km 程度の層を指します。 )。高度ゼロから 500 km 程度の層は 光球 脚注 [光球]:フィルターを通さずに可視光で観測したときに明るく映る層のことです。大雑把にはこの層が「太陽表面」と呼ばれます。より細かくは高度 0 から 500 km あたりの層を言います。 と呼ばれます。因みに、太陽半径 ( = 中心から太陽表面までの距離) は約 70 万 km です。これも覚えておくと、今後の説明をイメージしやすくなります。

太陽表面より内側 (太陽内部) は、残念ながら光を用いて直接観測することはできません。記事「黒体放射:なぜ明るいのか?」で説明していますが、これは太陽内部が (どの波長の光に対しても) 不透明だからです。太陽は主に水素とヘリウムから成る気体ですが、太陽内部は気体が濃いため、不透明になっています。対して、太陽大気は気体が薄いため、透明です。その境界が太陽表面です。

太陽大気は、 図 2 の白色光に対しては完全に透明であり、見ることができません。しかし、先ほど述べたように、特殊な波長の光を用いて観測すれば明るく写ります。それを CCD カメラのようなセンサーを用いて記録すれば、我々は大気で起きている現象を見ることができます。

異なる波長で観測すれば、大気の異なる高度・性質の気体 ( プラズマ 脚注 [プラズマ]:粒子が電子を手放して電荷を持つようになることを電離と言います。太陽内部やコロナは温度が高いので、主な構成元素である水素やヘリウムは、電離してイオンの状態で存在します。電荷を持った粒子を含む気体をプラズマと言います。太陽表面は温度が不十分なので、一部の粒子のみが電離しています。この状態を部分電離と言います。 ) が明るく写ります。研究者が様々な波長で太陽を観測するのはこのためです。この記事では、波長によって違うものが見える仕組みを説明します。

様々な光の観測

病院でレントゲン検査を行うと、骨など、体内の様子を見ることができます。レントゲンとは X 線 脚注 [X 線]:電磁波 (光) のうち、波長が大体 0.01 nm から 10 nm の領域のものを X 線と言います。光子のエネルギーに換算すると、大体 100 eV から 100 keV の領域です。特に、波長 1 nm から 10 nm 程度の光 (軟 X 線) はコロナで発せられ、波長 0.1 nm 以下の光 (硬 X 線) は高エネルギー粒子の加減速によって発せられます。X 線は地球大気に吸収されるので、宇宙からの観測が必要です。 を用いて撮影する装置です。 可視光 脚注 [可視光]:電磁波 (光) のうち、波長が大体 380 nm から 780 nm の領域のものを可視光と言います。人間の目が感じることのできる領域です。 で見ると、人間の「表面」は皮膚です。しかし、波長の短い X 線に対しては、皮膚は透明です。このため、体の内部が見えます。骨のような密度の高い臓器は X 線をある程度遮断するため、その部分のみ影になって、フィルムに写し出されます。

太陽も可視光以外の波長の光で撮影すると、表面 (光球) とは違う高度の物質が写し出されます。ただし、人体の場合とは違い、表面より外側の部分 (大気) を見ることになります。

大気の構造

以下に様々な波長の光で捉えられた太陽の姿を示しますが、その前に、太陽大気の大まかな構造を説明しておきます。より詳しくは記事「基本構造:何からできているのか?」や「コロナ加熱:温度構造がおかしい?」で説明しています。

図 3 に太陽表面付近での大雑把な温度と密度の構造を示しました。下段には各高度領域がどのような名称で呼ばれているかも示しました。

図 3   太陽表面付近の温度と質量密度分布:内部は Christensen-Dalsgaard et al. (1996) の標準太陽モデル、光球と彩層は Vernazza et al. (1981) の大気モデル、コロナは Gabriel (1976) のモデルの値。表面付近と大気の値は大雑把なものと解釈すべきである。

太陽表面付近の非常に薄い層は光球 (photosphere) と呼ばれます。この辺りは 4000 から 6000 K ( ケルビン 脚注 [ケルビン]:温度の単位には基本的にケルビン (K) を用います。日常で使われる摂氏と目盛の幅は同じであり,摂氏 0 度は 273.15 K です。つまり,例えば 300 K は摂氏 26.85 度のことです。 ) 程度であり、外側に行くほど温度が低くなっています。

光球の少し上の層を彩層 (chromosphere) と言います。ここでは温度構造がおかしなことになっていて、外側 (より高高度) に行くほど温度が上がっていきます。低層では 5000 K から 1 万 K 程度、高層では 1 万 K より高い温度になります。

彩層より上の大気全般をコロナ (corona) と言います。彩層とコロナの境界は場所によって異なりますが、高度にして数千 km 程度です。この境界領域を遷移層 (transition region) と呼びます。コロナは 100 万 K の高温になっています。

太陽は基本的に、外側に行くほど気体の密度が下がります。光球や彩層では特に急激に密度が低くなっています。コロナは高温であることも相まって、とても薄くなっています。

様々な光での観測

図 4 に様々な光で同じ日に撮られた太陽の姿を示しました。ボタンを押すと表示を切り替えられます。写っている構造については、記事「太陽七変化:様々な光で見た姿」で説明しています。各画像にはそれぞれ異なる模様が写っているのが確認できます。先ほども述べたように、色は人工的に着けられたものなので、気にしないでください。また、それぞれの画像はスケール (太陽表面の位置) を一致させて表示しているわけではないことにも注意してください。それぞれの画像を撮影した観測装置については図のキャプションに記しました。

図 4   様々な波長の光で見た太陽:ボタンを押すと表示を切り替えられる。 (A) 白色光で撮影された太陽表面:東京・三鷹にある国立天文台の 10 cm 黒点望遠鏡によって 2015 年 9 月 28 日に観測された。説明を加えてある。提供 国立天文台/太陽観測科学プロジェクト . (B) 波長 656.28 nm の光 (Hα 線) だけを通すフィルターを取り付けた望遠鏡で撮影された太陽:2015 年 9 月 28 日にオーストラリアの Learmonth Solar Observatory で撮影された。提供 GONG /NSO/AURA/NSF. GONG とは AURA と呼ばれる機関が主導するプログラムであり、全世界 6 箇所に同じ観測装置が配置され、常に太陽の安定した情報が得られている。 (C) 波長 30.4 nm の光で見たコロナ:観測衛星 SDO (Solar Dynamics Observatory) に搭載された装置 AIA が 2015 年 9 月 28 日に撮影した。提供 NASA/SDO and the AIA, EVE, and HMI science teams (SDO のデータは こちら で公開されている). (D) 波長 19.3 nm の光で見たコロナ:観測衛星 SDO (Solar Dynamics Observatory) に搭載された装置 AIA が 2015 年 9 月 28 日に撮影した。提供 NASA/SDO and the AIA, EVE, and HMI science teams (SDO のデータは こちら で公開されている). (E) X 線 (0.4 から 2 nm)で見たコロナ:ひのでに搭載された装置 XRT が 2015 年 9 月 28 日に撮影した。XRT は複数のフィルターを用いた観測が可能だが、図はそのうちのフィルター『Thin Be』が用いられている。太陽面を青い線で示した。提供 JAXA/ISAS, 国立天文台. (F) 野辺山電波ヘリオグラフ (NoRH) が波長 18 mm (17 GHz) の電波で観測した 2015 年 9 月 28 日の太陽:提供 国立天文台, 名古屋大学宇宙地球環境研究所 ( 国立天文台サイトの NoRH のページ ).

それぞれの画像では次のものが見えています。

  • (A):先ほど示したのと同じ、白色光で捉えられたものであり、太陽表面が写っています。
  • (B):波長 656.3 nm の光 (赤色) を捉えたものです。こちらは (A) とは違って、様々な模様が写っています。これが彩層です。彩層が写っている画像は赤色で着色されることがよくあります。これは、歴史的に彩層の観測で波長 656.3 nm の光が主に用いられてきたためです。この波長は「Hα 線」と呼ばれ、色で言うと赤に相当します。
  • (C):波長 30.4 nm (極端紫外線) を捉えたものです。こちらでは、彩層の上部から、その上のコロナまでの広い高度が写っています。まだ分かっていない部分もありますが、この波長では大気の中で大体 10 万 K 程度になっている領域が明るく写し出されると考えられています ( 例えば Peter et al., 2012 )。これは彩層にしては高温、コロナにしては低温の物質と言えます。
  • (D):波長 19.3 nm (極端紫外線) を捉えたものです。この波長は主に 100 万 K 程度の温度に感度があります ( 例えば Peter et al., 2012 )。コロナは平均的に 100 万 K 程度なので、コロナが広く写し出されています。
  • (E):波長 0.4 から 2 nm 程度の光 (軟 X 線) を捉えたものです。こちらでは、コロナの中でも特に熱い領域 (数百万 K から 1000 万 K に近い温度) が明るく写し出されます ( 観測衛星ひのでのサイト )。
  • (F):波長 18 mm の 電波 脚注 [電波]:電磁波 (光) のうち、波長が大体 0.1 mm より大きい領域のものを電波と言います。このうち、地球大気に吸収・反射されずに地上で観測できる領域は波長 1 mm から 10 m 程度 (周波数に換算すると 30 MHz から 300 GHz) です。多彩な物理機構によって発せられたものが観測されます。 (マイクロ波) を捉えたものです。こちらでは彩層上部が写っています。

以上に羅列したように、波長それぞれに個性があり、どのような性質の物質が写るかの条件が違います。もっと言うと、例えば同じ Hα 線を観測する装置でも、用いられているフィルターが通す波長幅の違いによって見え方が変わるため、観測装置によっても個性が出ます。

研究者はそれぞれの観測装置の個性を理解し、個々の研究目的に合った観測データを選んで解析することによって、太陽大気で何が起きているのかを暴きます。ある波長の観測でよく分からない現象が写っていたとしても、他の波長での観測結果と併せて考えると、その現象の全体像が見えてくることもあります。カテゴリ「太陽のダイナミクス」内で紹介している現象のシナリオは、そのように多種多様な観測で集まったピースを組み合わせることで浮かび上がったものです。

連続光とスペクトル線

図 4 の各画像に用いられている光についての情報を 表 5 に示しました。各光は「連続光 (continuum)」か「吸収線 (absorption line)」、あるいは「輝線 (emission line)」かに分類できます。吸収線と輝線を併せてスペクトル線 (spectral line) と呼びます。白色光やマイクロ波での観測は連続光に分類される光を捉えています。 Hα 線や極端紫外線の画像では、スペクトル線を捉えています。軟 X 線画像は主に輝線、一部は連続光の寄与があります。連続光とスペクトル線の違いについて説明します。

表 5   図 4 に載せた各画像の撮影に用いられた光の情報

スペクトルの形

黒体放射の記事 で説明していますが、太陽光は 図 6 のようなスペクトルをしています。スペクトルとは、観測された太陽光を各波長の成分に分けたとき、それぞれの波長の強度を示したグラフです。連続光やスペクトル線とは、観測されるスペクトルの形に関係する概念です。

図 6   太陽からの光のスペクトル:横軸が光の波長、縦軸がその波長の光の強度 (明るさ) を表す。オレンジ色は観測衛星が大気の外で太陽を観測した場合に受け取る光の強度。青色は地上で観測した場合に受け取る光の強度。縦軸の意味は具体的には、太陽からの光を放射方向に垂直な面で受け取った場合に、単位時間・単位面積・単位波長あたりに受け取る光のエネルギーの大きさを表す。これは正確には放射照度 (irradiance) と呼ぶべき量である。提供 U.S. Department of Energy (DOE) / NREL / ALLIANCE (米国大気を想定した標準モデル ASTM G-173 のデータを示した).

太陽から地球に降り注ぐ光の一部は地球大気によって吸収・反射されるため、地上で観測した場合と大気の外で観測衛星を用いて観測した場合では、得られるスペクトルは違います。図にはその違いも示してあります。

図 6 では広い波長域における強度が示されていますが、この図を横に拡大してもっと狭い波長域に注目すると、典型的には 図 7 のようなスペクトルを見ることができます。

図 7  

図に示したように、スペクトルの鋭く凹んだ部分の 1 つ 1 つを吸収線と言います。吸収線を全て無視した場合、放射強度は図の赤い破線で表されます。この強度を連続光と言います。

例えば 図 8 は地上で観測された波長 650 nm 付近のスペクトルです。図の縦軸は連続光を 1 としたときの相対的な放射強度を表します。図には数えきれないほどたくさんの吸収線が写っています。特に黒い矢印で示したのが上述した Hα 線です。

図 8   地上で観測された太陽光のスペクトル: 連続光 脚注 [連続光]:太陽からの光をスペクトル分解 ( = 各波長ごとの強度を表示) すると、周りと比べて強度の弱い波長帯が所々に現れます。これを吸収線と言います。逆に、どの吸収線にも該当しないような波長の光を連続光と言います。 図:太陽光を各波長 (色) ごとに分解したもの。黒く見える波長が吸収線。提供 N.A.Sharp, NOAO/NSO/Kitt Peak FTS/AURA/NSF に対する相対的な強度が示されている。提供 BASS2000 Solar Survey Archive .

図 9 は観測衛星ひのでが地球大気の外で観測した、極端紫外線領域のスペクトルです。この波長域では、吸収線の代わりに、上に鋭く出っ張った形のスペクトルが見られます。このそれぞれの出っ張りを輝線と言います。特に目立つ輝線に矢印を記しました。矢印の色の違いは後から説明することなので、今は気にしないでください。

図 9   観測衛星ひのでに搭載された装置 EIS が観測した極端紫外線領域のスペクトル:縦軸は相対的な放射強度を表す。2013 年 11 月 26 日に 静穏領域 脚注 [静穏領域]:太陽コロナの画像を見ると、特に明るく光っている領域が存在していることがあります。これを活動領域と言います。活動領域は磁場の強い領域であり、ふもとの太陽表面 (光球) には黒点があります。活動領域以外の領域を静穏領域と言います。コロナの画像で特に暗く見える領域はコロナホールと呼ばれます。 図の提供 NASA/SDO and the AIA, EVE, and HMI science teams. を観測したときのもの。提供 JAXA/ISAS, 国立天文台.

スペクトル線で見るとはどういうことか

白色光での観測とは、望遠鏡に特殊なフィルターを付けずに行う観測のことでした。例えば地上での白色光観測の場合、簡単に言うと、図 6 のグラフで青く塗られた面積を強度として観測することになります。ただし、細かいことを言うと、観測に用いられる CCD カメラのようなセンサーには感度の限界があるため、波長の長い/短い光は捉えられないかもしれません。

図 8 のスペクトルを見ると分かりやすいですが、連続光と吸収線から構成されるスペクトルの場合、スペクトルのグラフが横軸との間に張る面積は、主に連続光の強度によって決まります。吸収線の深さが変わっても、面積には大して影響しません。太陽は主に 可視光 脚注 [可視光]:電磁波 (光) のうち、波長が大体 380 nm から 780 nm の領域のものを可視光と言います。人間の目が感じることのできる領域です。 領域の光を放射しているので、白色光での観測で捉えられる光の強度は、可視光域の連続光の強度ということになります。

対して、Hα 線の波長の光のみを通すフィルターを取り付けた望遠鏡で観測した場合、簡単に言うと吸収線の凹みの底における強度を捉えることになります。図 4 を見ると、白色光の観測ではのっぺりと一様な明るさの領域でも、Hα 線で見ると模様が浮かび上がっています。このことは次のように解釈できます。

図 10   白色光での観測と Hα 線での観測の違い

図 10太陽面内の異なる点 A, B を観測したときの Hα 線周りのスペクトルの模式図を示しました。それぞれのスペクトルは連続光の強度は一致していますが、Hα 線の深さには違いがあります。

このとき、白色光画像は各点での連続光強度を図示したものなので、点 A と B の明るさは同じに見えます。一方で、Hα 線画像は、各点における吸収線の底の強度を図示したものなので、点 B の方が点 A よりも明るくなります。これがスペクトル線で観測したときに違う模様が写る仕組みです。

輝線の観測も基本的にはこの説明と同じです。簡単に言うと、出っ張りの頂上での強度を捉えているわけです。表 5 の軟 X 線の欄には、輝線 & 連続光と記しました。(E) の画像の観測には、主に 0.4 nm から 2 nm 程度に感度があるフィルターが用いられています。これは 図 9 のような輝線を複数含む波長域です。スペクトルのグラフが張る面積は輝線による寄与が大きいですが、一部は連続光の寄与もあります ( O'Dwyer et al., 2014 )。

図 11 に観測衛星 IRIS が捉えた映像を載せます。IRIS は視野内の各点でのスペクトルを観測することができます。図には、波長 279.6 nm に存在する Mg k 線付近の各波長で観測したときに、太陽の縁がどのように写るかが示されています。図の見方についてはキャプションを読んでください。

図 11   いろんな波長で見た太陽の縁:観測衛星 IRIS が太陽の縁を捉えた画像。画像に示された白いバツ印の点におけるスペクトルが右上に表されている。画像はスペクトル上に赤く示した波長で見たときの姿であり、観測波長が変わると違う高度にある物質が写る。画像の色のスケールは、見栄えが良くなるように、波長ごとに変えてある。2020 年 12 月 25 日に撮影された。提供 NASA/LMSAL.

Mg k 線は「中央が反転した輝線」と表現される形をしており、2 つの山と 1 つの谷から成ります ( 図 12 )。 プラージュ 脚注 [プラージュ]:彩層 (太陽表面、光球の少し上の層) の画像を見たときに、明るく光っている領域をプラージュと言います。黒点の周辺に形成されることが多いです。 図の提供 GONG/NSO/AURA/NSF. GONG とは AURA と呼ばれる機関が主導するプログラムであり、全世界 6 箇所に同じ観測装置が配置され、常に太陽の安定した情報が得られている。 領域を観測した場合はこの反転が見られない場合もあります。動画の再生バーを適当に動かして見比べてみてください。同じスペクトル線でも、その中心とすそので観測した場合には見えるものが違います。中心に近い波長で見る程、より高高度にある物質が写っています。

図 12   観測衛星 IRIS が捉えた 紫外線 脚注 [紫外線]:電磁波 (光) のうち、波長が大体 10 nm から 380 nm の領域のものを紫外線と言います。波長 10 nm 付近 (極端紫外線) にある輝線はしばしばコロナの観測に用いられます。紫外線は地球大気に吸収されるので、宇宙からの観測が必要です。 域のスペクトル:写っている 2 つのスペクトル線 (Mg k 線と Mg h 線) はどちらも反転構造を持っている。提供 NASA/LMSAL.

以上、連続光での観測とスペクトル線での観測の違いを説明しました。では、異なるスペクトル線を観測すると異なる高度にある物質が写し出される理由は何なのか、という疑問が湧きます。それに答えるには、スペクトル線がどうして形成されるのかを説明する必要があります。

吸収線形成の簡単な説明

本節以降、スペクトル線の形成の仕組みを説明します。具体的に説明しようとすると、なかなか難しい内容になるため、簡単に知りたいだけの方にも配慮して、本節ではとりあえず吸収線形成の簡単な説明をします。次節以降で具体的な説明をします。

図 13 に示したように、太陽はある面を境にして、内側が不透明、外側が透明になっています。そしてその境界が太陽表面と呼ばれます。不透明とは、放たれた光が直ぐに吸収されてしまうということです。内部で生成された光は、表面に達することなく吸収されます。

図 13   地球まで届く光と途中で吸収される光

一方、表面で生成された地球向きの光のほとんどは、吸収されることなく地球まで届きます。大気が発する光の量は表面が発する量に比べて少ないため、地球に届く光のほとんどは表面で発せられたものということになります。故に、白色光の画像には太陽表面が写っています。

表面で発せられた光のほとんどは地球に届くと述べましたが、一部は太陽大気で吸収されます。この吸収される光について、全ての波長の光が満遍なく吸収されるわけではなく、吸収されやすい波長とされにくい波長があります。

太陽大気は、約 98 % が水素とヘリウム、残りの 2 % 程度がその他の (より原子番号の大きい) 元素でできています ( 図 14 )。つまり大気には様々な元素から成る様々な粒子種が (存在比の差はあれど) 混在しています。

図 14   太陽表面の質量存在比:それぞれの元素が質量にして何 % 含まれているかが示されている。Grevesse & Sauval (1998) の値を基に作成。

そして、その粒子種それぞれによって、吸収しやすい波長が異なります。例えば水素原子の吸収しやすい波長は 410 nm, 434 nm, 486 nm, ... という具合です。先ほどから度々登場している Hα 線 (波長 656.3 nm) も、水素原子の吸収しやすい波長に該当します。

図 15 を見てください。太陽表面は連続光を発しています。どの元素も吸収しない波長の光は、発せられたときの強度を保ったまま地球まで届きますが、例えば水素が吸収しやすい波長 656.3 nm の光は、大気中の水素に吸収されることで、連続光よりも強度が低くなって地球に届きます。これが吸収線の形成の仕組みです。

図 15   吸収線の形成

大気中の水素の状態 (温度や密度など) によって、水素原子が吸収する光の量は異なるため、吸収線の深さも変化します。つまり、この波長の (吸収線の底の) 強度を観測すると、水素原子による吸収が起きている高度の上端における大気の情報が得られることになります。これが吸収線の観測で大気の特定の層が写る仕組みです。

図 8 に一例を示したように、太陽光を観測するとたくさんの吸収線が見られます。それぞれ何らかの原子や分子に吸収されてできたものです。太陽大気で形成されるものもあれば、地球の大気で形成されるものもあります。その中から太陽大気を観察するのに都合の良いものが選ばれて観測に用いられています。

光が発せられる仕組み

スペクトル線の形成を具体的に説明するためには、まず、そもそも光がどのようにして太陽表面で発せられるのかを説明する必要があります。詳しくは 黒体放射の記事 で説明していますが、まとめると次のような仕組みです。

  • 詳しくは 光の記事 で説明していますが、光には光子と呼ばれる最小単位が存在します。太陽表面を構成する原子や分子 1 個が 1 回の反応で放出・吸収する光子の数は 1 個です。我々が目にする太陽光は、各粒子が発した光子の集合と解釈できます ( 図 16 )。各々の光子が波長という性質を持っていると考えてください。
図 16   光子の集合としての光
  • 太陽表面では、水素やヘリウムの原子やイオンを始め、電子、光子など、様々な種類の粒子が各々勝手に飛び交っています ( 図 17 )。その存在比は粒子種によって様々です。
図 17   太陽表面の状態:赤丸は陽子、灰色の丸は中性子、青色は電子を想定して描かれている。
  • 各粒子が勝手に飛び交う中で、粒子同士の衝突があちこちで起きています。衝突の起きる確率は関係する粒子種によって様々です。その中には、反応 (衝突) の前後で光子が 1 個増えるものや減るものがあります。例えば 図 18 に示した光電離や再結合がその例です。今後は、光子を 1 個減らす反応全般を「吸収」、1 個増やす反応全般を「放出」と呼ぶことにします。
図 18   太陽表面で起きる反応の例
  • 太陽表面には様々な波長の、様々な向きに伝搬する光子が混在していますが、今後の説明では、ある特定の波長の、地球方向に伝搬する光子のみに注目します。
  • 反応 (衝突) が起きる頻度 (単位時間・単位体積あたりに何回起きるか) は、反応 (衝突) 前の粒子の数密度 (単位体積当たりに何個存在するか) に比例します。
  • 吸収は光子と他の粒子の衝突によって起きるものなので、その頻度は光子の数、すなわち光の強度に比例します。注目している光の強度を \(I\) と書くと、吸収の頻度は \(\alpha I\) と書けます。\(\alpha\) は注目している波長の光子を吸収する様々な反応が起きる確率を合計したような量であり、吸収係数と呼ばれます。吸収係数は光子の衝突相手の数密度に依存します。
  • 放出は光子との衝突によって起きる反応ではないため、強度 \(I\) には依存しません。放出の頻度を \(\varepsilon\) と書くことにします。\(\varepsilon\) は注目している波長の光子を増やす様々な放出反応の起きる確率を合計したような量であり、放射率と呼ばれます。放射率は関係する粒子の数密度に依存します。
  • 気体が十分に濃密な場合、吸収係数 \(\alpha\) と放射率 \(\varepsilon\) の比は、その物質の温度 \(T\) のみに依存し、物質の種類や数密度などには依存しません。この比を \(B(T)\) と書くことにします。\(B(T)\) はプランク関数と呼ばれます。太陽表面ではこのことが成り立っています。

\[\frac{\varepsilon}{\alpha}=B(T)\tag{1}\]

  • 仮に光の強度 \(I\) が プランク関数 \(B(T)\) より大きかった場合、式 (1) の下で 式 (2) が成り立つため、吸収の頻度が放出の頻度よりも大きいということになります。\(I \lt B(T)\) の場合は逆の事態になります。吸収の方が多く起きれば強度は減り、放出が多く起きれば強度は増えます。つまり、\(I\) が \(B(T)\) からずれていた場合は、調節の機構が働くことで、光線に沿って \(I\) は \(B(T)\) に近づこうとします。これを緩和と言います ( 図 19 )。

\[I \gt B(T) \ \longleftrightarrow \ \alpha I \gt \varepsilon\tag{2}\]

図 19   光線の強度の緩和:矢印は 6000 K の物質を貫く光線を模式的に表し、その幅は光線の強度を表す。強度がプランク関数 \(B(T)\) と違った場合は、光線に沿ってプランク関数に近づこうとする。
  • プランク関数は温度の単調増加関数です。つまり、光線が貫く物質の温度が高いほど、より大きな値に向かって強度は緩和します。
  • 緩和の速さは吸収や放出がどれだけ頻繁に起きるか、つまり、\(\alpha, \varepsilon\) の大きさによって決まります。\(\alpha, \varepsilon\) が十分に大きければ、緩和は直ぐに起きるため、物質から出射される光線の強度はプランク関数に一致しています ( 図 20 上段 )。このような物質を不透明と言います。逆に、\(\alpha, \varepsilon\) が小さければ、緩和はゆっくりと進むため、強度がプランク関数に一致する前に出射され、出射光の強度は入射前の情報を残しています ( 図 20 下段 )。これを透明と言います。
図 20   不透明と透明の違い
  • 太陽は外側に行くほど密度が小さくなっています。つまり、吸収係数 \(\alpha\) も外側に行くほど小さくなります。すると、ある高度に不透明と透明を分かつ境界ができます。これが表面として観測される高度です。
  • 太陽内部は不透明なため、逐次緩和が起きることで、光線の強度はその場所の温度に対するプランク関数にほとんど一致しています ( 図 21 )。対して、太陽大気は後述する特殊な波長以外の光に対しては透明なため、光線の強度は変化しません。故に、白色光の観測では、最後に緩和が起きていた太陽表面におけるプランク関数が得られます。太陽表面の位置は、吸収係数 \(\alpha\) の高度分布によって決まっています。
図 21   太陽表面とは何か

束縛-束縛遷移

前節で、吸収・放出反応の一例として、光電離と再結合を挙げました。再掲すると、図 22 のような反応です。原子が光子と衝突すると、原子に束縛された電子が光子のエネルギーを奪い、原子の下を離れることがあります。エネルギーを奪われた光子は消滅します。これが光電離です。再結合はその逆の過程です。光電離や再結合は「束縛-自由遷移 (bound-free transition)」とも呼ばれます。電子が原子に束縛された状態と自由な状態を行き来する反応という意味合いです。

図 22   光電離と再結合 ( 図 18 と同じ )

吸収・放出反応の種類は他にもあります。その中で、スペクトル線に関連する重要な反応は、「束縛-束縛遷移 (bound-bound transition)」に伴う吸収・放出です。この種の反応は、他の反応には無い特徴を持ちます。

束縛電子が持つエネルギー

例えばいちばん簡単な例として、水素原子を考えます。水素原子は電子を 1 個束縛しています。量子力学によると、束縛電子は飛び飛びのエネルギー値しか持つことができません。例えば静止した自由電子の力学的エネルギーをゼロとした場合、水素原子が束縛する電子の力学的エネルギーは、\(E_1=2.18\times 10^{-18} \ \text{J}\) として、\(-E_1\), \(-E_1/4\), \(-E_1/9\), ... などの値しかとり得ません。この電子が例えば \(-0.5E_1\) というエネルギーを持つことはできないのです。

束縛電子がエネルギー \(-E_1/n^2\) (\(n\) は自然数) を持っている状態を第 \(n\) 状態と呼ぶことにします。第 1 状態にあった水素原子が他の粒子と衝突して第 2 状態に変化することがあります。衝突相手は電子の場合もありますし、光子の場合もあります。この反応を励起と言います。第 1 状態から第 2 状態への励起において、水素原子は衝突相手からちょうど \(1.63\times 10^{-18} \ \text{J}\) のエネルギーを貰わなければなりません ( 図 23 )。

図 23   水素の束縛電子のエネルギー準位

逆に、第 2 状態にあった水素原子が第 1 状態に変化することもあります。これを脱励起と言います。この場合、水素原子は他の粒子に \(1.63\times 10^{-18} \ \text{J}\) のエネルギーを与えなければなりません。励起と脱励起を併せて束縛-束縛遷移と言います。

今は第 1 状態と第 2 状態の間の遷移を考えましたが、もちろん第 2 と第 3 状態の間の遷移も起き得ますし、他の組み合わせもあり得ます。ただし、それぞれの遷移で他の粒子とやりとりするエネルギー量は、差分に相当する決められた値でなければなりません。

吸収・放出時のエネルギー保存

さて、吸収反応では、反応の前後で電子が獲得する量に等しいエネルギーを持った光子が吸収されなければなりません。光の記事 でも説明していますが、光子のエネルギー \(E\) と波長 \(\lambda\) の間には次の関係があります。

\begin{align}E &= \frac{hc}{\lambda} \\ \text{ただし},\quad h &= 6.63 \times 10^{-34} \ \text{J s} \\ &: \text{プランク定数} \\ c &= 3.00 \times 10^8 \ \text{m/s} \\ &: \text{光速}\end{align}

光子の波長が与えられれば光子のエネルギーは上式より計算でき、逆も同じです。つまり、波長とは、光子の「エネルギー」というひとつの性質を別の角度から見た量と解釈できます。

光電離 ( 図 22 ) の場合、反応後の自由電子は運動エネルギーの分だけの正の力学的エネルギーを持つわけですが、束縛電子と違って、飛び飛びではない自由な値をとり得ます。このため、例えば第 1 状態から光電離が起きた場合は 図 24 のように、反応前後のエネルギー差も自由です。よって、光電離は様々な波長の光子との間で起き得ます。

図 24   束縛-自由遷移のエネルギー差

対して、原子が光子を吸収して励起する反応を束縛-束縛吸収と言います ( 図 25 上段 )。この反応では、上述したように、電子が獲得するエネルギー量は決まっています。よって、この反応は決まった波長の光子に対してのみ起きます。例えば水素の第 1 状態から第 2 状態への励起に伴う吸収は、水素原子が波長 122 nm の光子と出会った場合にのみ起き得ます。例えば波長 100 nm の光子がどれだけ水素原子と出会っても、励起に伴う吸収はまず起きないのです。

図 25   束縛-束縛遷移に伴う光子の吸収と放出

放出反応についても同様のことが言えます。再結合に伴う放出の場合には、様々な波長の光子が生成されますが、脱励起に伴う放出では各反応ごとに決まった波長の光子が生成されます。

性質のまとめ

束縛-束縛遷移の重要な性質をまとめると、次の 2 つです。

  • 反応の種類 (反応に関わる粒子種 & 反応前後の電子の束縛状態の組み合わせ) ごとに決まった波長の光子が吸収・放出される。
  • 条件に合った波長の光子に対しては、他の反応 (例えば束縛-自由遷移) に伴う吸収・放出より、起きる確率がずっと高いのが普通である。

後に説明しますが、各スペクトル線の波長はそれぞれ何らかの束縛-束縛遷移に対応しています。例えば Hα 線 (656 nm) は水素原子の第 2 状態と第 3 状態の間の遷移に対応します。

吸収線形成の詳しい説明

吸収係数の波長依存性

ある方向に伝搬する光線に注目したとき、吸収が起きる頻度 \(\alpha I\) の係数 \(\alpha\) を吸収係数と言うのでした。正確には、吸収が起きる頻度ではなく、光線に沿って単位長進んだときに吸収される強度を \(\alpha I\) としたときの \(\alpha\) が吸収係数です。\(\alpha\) は光子を吸収する粒子の数密度に依存するため、太陽大気中の各場所ごとに異なる値を取るはずです。また、吸収する光子の波長によっても吸収のしやすさは変わるため、\(\alpha\) は波長の関数にもなっています。

図 26 に仮想的な太陽表面における Hα 線付近の波長での吸収係数の値を示しました。これは太陽表面が水素とヘリウムのみから成ると仮定して計算した値です。

図 26   太陽表面での吸収係数のモデル (Hα 線付近):水素とヘリウムのみから構成されると仮定して計算した。太陽表面のデータと計算方法は Vernazza et al. (1976), Vernazza et al. (1981) を参考にした。Hα 線の強度については CHIANTI ( Dere et al., 2019 ) のデータを用いた。CHIANTI は George Mason University, the University of Michigan (USA), University of Cambridge (UK), NASA Goddard Space Flight Center (USA) が共同で運営するプロジェクトであり、原子に関するデータがまとめられている。

\(\alpha\) はその波長の光子を吸収し得る各反応の寄与の合計として決まります。図に青色で示したのは、束縛-束縛遷移以外の反応の寄与です。この波長域では、\(\text{H}^-\) イオンの光電離 (束縛-自由遷移)

\[\text{H}^-+\text{光子} \ \longrightarrow \ \text{H}+\text{電子}\]

に伴う吸収の寄与がほぼ 100 % を占めます。

図に赤色で示したのは、水素原子の第 2 状態から第 3 状態への励起に伴う吸収の寄与です。前述したように、束縛-束縛吸収では特定の波長 (今の場合は 656 nm) を含むごく狭い領域の光子しか吸収されませんが、その波長の吸収係数は他の波長での値よりずっと大きくなります。図の縦軸は対数スケールであることに注意してください。

図は水素とヘリウムに関する反応の寄与しか考慮されていません。実際には、他の元素の束縛-束縛遷移の寄与があるため、図の領域には赤線のような鋭い突起がいくつも生えているはずです。他の元素の束縛-束縛遷移以外の反応による寄与は小さいため、それらの寄与を加えても図の青線は大して変化しません。

光球で形成される吸収線の場合

光球で形成される吸収線、彩層で形成される吸収線、コロナで形成される輝線は、その形成の仕組みが少しずつ異なるため、それぞれに分けて説明します。まずは 光球 脚注 [光球]:フィルターを通さずに可視光で観測したときに明るく映る層のことです。大雑把にはこの層が「太陽表面」と呼ばれます。より細かくは高度 0 から 500 km あたりの層を言います。 で形成される吸収線についてです。

太陽は外側に行くほど気体の密度が低くなります。よって、吸収係数も外側に行くほど小さくなります。すると、ある高度を境に内側が不透明、外側が透明になります。既に述べていますが、我々はこの境界で発せられた光を観測することで、この境界を「表面」と認識するわけです。

上述したように、何らかの束縛-束縛遷移に対応する波長の光に対しては、吸収係数は桁違いに大きくなっています。この波長の光に対しては、他の波長の場合よりも外側の層まで緩和が働くため、不透明と透明の境界はより外側 (高高度) に位置します。

図 27   光球での吸収線形成の仕組み

図 27 に示したように、光球では外側に行くほど温度が低下します。つまり、強度の緩和先であるプランク関数の値も外側に行くほど低下します。束縛-束縛遷移に対応する波長の光の場合、より外側の小さい値に緩和した強度を地球で観測することになります。これが吸収線形成の基本的な仕組みです。

最後に緩和が起きていた高度をその吸収線の形成高度 (formation height) と言います。吸収線の底の強度は、この高度におけるプランク関数の値になります。つまり、吸収線で観測した場合、この高度における大気の情報を見ることになります。プランク関数は温度の増加関数なので、温度が高い部分は明るく写り、低い部分は暗く写ることになります。

彩層で形成される吸収線の場合

Hα 線のように、吸収線の中には 彩層 脚注 [彩層]:太陽大気のうち、高度 500 km から数千 km の層を指します (太陽半径は約 70 万 km)。太陽表面より少しだけ上の領域と考えてください。例えば波長 656.3 nm (Hα 線) や 396 nm (Ca H 線)、 30.4 nm の光などで観測すると見ることができます。 で形成されるものもあります。この場合の形成の仕組みも基本的には上述した光球の場合と同じですが、細かいことを言うともう一つ複雑な物理が絡んできます。

彩層では外側に行くほど温度が上昇していて、特に上部では太陽表面より高温になっています。上述した説明によると、外側に行くほど温度が低下することの帰結として吸収線が形成されます。表面よりも高温である彩層で形成されるスペクトル線の場合、より値の大きいプランク関数に緩和した結果、周囲の波長より大きな強度、すなわち輝線が観測されるのではないかと予想する方もおられると思います。

しかし、実際には Hα 線に代表されるように、彩層で形成される吸収線が存在します。これは、光球と違って、彩層の密度が小さいことが原因です。詳しくは説明しませんが、彩層のような薄い気体中では、「共鳴散乱」とよばれる現象の効果が大きくなります。その結果、強度はプランク関数を大きく下回る値に向かって緩和することになります。このあたりの話題について詳しくは、例えば R. Rutten 氏のウェブサイト で公開されている講義ノートが分かりやすいです。

図 28   彩層での吸収線形成の仕組み

図 28 に示したように、彩層のプランク関数は外側に行くほど大きくなり、基本的に表面での値を超えていますが、それよりも小さい値に緩和した結果、形成されるスペクトル線は吸収線になります。

吸収線で観測した場合、形成高度における大気の情報を得ることになります。しかし、光球の場合と違って、強度は単にプランク関数ではないため、写っている現象の解釈はより難しくなります。

コロナで形成される輝線

輝線の形成

図 9 に一例を示したように、紫外線から X 線にかけての波長域では、 コロナ 脚注 [コロナ]:高度数千 km より高層の大気を指します (太陽半径は約 70 万 km)。極端紫外線や X 線で見ることができます。 で形成された輝線が目立ちます。輝線の形成過程は次の通りです。

短い波長域では、光球や彩層のような内側の層から発せられる強度はかなり小さくなっています ( 図 29 )。特定の束縛-束縛遷移に対応する波長ではコロナで緩和が働きます。このとき、コロナは非常に高温のため、強度は増えていきます。このようにして輝線が形成されます。

図 29   コロナでの輝線形成の仕組み

写る物質の温度

図 9 に一部を示したように、極端紫外線から X 線にかけての波長域では、鉄イオンの束縛-束縛遷移に対応する輝線が目立ちます。例えばこの記事の初めに示した、波長 19.3 nm の画像 ( 図 30 ) は観測衛星 SDO に搭載された AIA という装置で観測したものです。

図 30   波長 19.3 nm の光で見たコロナ:観測衛星 SDO (Solar Dynamics Observatory) に搭載された装置 AIA が 2015 年 9 月 28 日に撮影した。提供 NASA/SDO and the AIA, EVE, and HMI science teams.

この波長の観測では、主に \(\text{Fe}^{11+}\) の束縛-束縛遷移によって発せられた光を見ています ( O'Dwyer et al., 2010 )。\(\text{Fe}^{11+}\) とは、電子を 11 個剥ぎ取られた鉄です。身の回りの鉄は固体の状態ですが、太陽に存在する鉄は気体の状態です。一般に温度が高くなる程、鉄の粒子が持つ電子が剥ぎ取られ、より高価のイオンとして存在するようになります。コロナの環境下では、\(\text{Fe}^{11+}\) は大体 150 万 K のときに安定して存在できます。

つまり、この波長で観測した場合には、コロナの中でその程度の温度になっている部分が主に明るく写ることが期待されます。しかし、実際には 150 万 K からずれた温度の物質でも、密度が大きければやはり \(\text{Fe}^{11+}\) の絶対量が大きくなるため、明るく光ります。写っている物質の温度を細かい精度で特定するには、難しい解析を行う必要があります。

価数の異なる鉄イオンの輝線で観測すれば、コロナの異なる温度の物質を観測できます。例えば 図 31 は波長 13.1 nm での観測画像です。この波長の付近には \(\text{Fe}^{7+}\) と \(\text{Fe}^{20+}\) の輝線があります。それぞれ大体 40 万 K, 1000 万 K の温度で存在できる粒子です。

図 31   波長 13.1 nm の光で見たコロナ:観測衛星 SDO (Solar Dynamics Observatory) に搭載された装置 AIA が 2015 年 9 月 28 日に撮影した。提供 NASA/SDO and the AIA, EVE, and HMI science teams.

普段は主に \(\text{Fe}^{7+}\) が発した光を見ているため、この画像には先ほどの画像よりも基本的に低温の部分が写っていることになります ( O'Dwyer et al., 2010 )。しかし、フレアが発生すると、1000 万 K の高温の物質が生成されるため、\(\text{Fe}^{20+}\) が発した光を捉えます。よって、波長 13.1 nm の観測では、フレアが発生した場所が明るく輝きます。その様子は記事「フレア:太陽大気で起こる爆発」で紹介しています。

輝線の観測で見えるもの

光球や彩層で形成される吸収線で観測した場合、写った強度 (明るさ) は形成高度における物質の性質 (温度など) を反映していると述べました。一方、コロナで形成される輝線で観測した場合、その強度は視線上に存在する物質の総量を反映します。

例えば波長 19.3 nm での観測を想定して、\(\text{Fe}^{11+}\) に注目します。とある励起状態にある \(\text{Fe}^{11+}\) がエネルギーのいちばん低い状態 (基底状態と言う、上で説明した水素原子の第 1 状態みたいなもの) に遷移するのに伴って、光子を放出します。コロナは希薄であり透明なので、地球方向に放出された光子はその後吸収されることなく、地球の観測装置まで届きます ( 図 32 )。

図 32   コロナでの光子の放出

励起した \(\text{Fe}^{11+}\) イオンの数が多いほど光子がたくさん放出されるため、観測される強度は大きくなります。よって、太陽のある部分を見たときの強度 (明るさ) は、その視線上に存在する励起した \(\text{Fe}^{11+}\) の総量に比例することになります。基本的には、\(\text{Fe}^{11+}\) がある程度存在できる温度の物質が濃い部分ほど明るく写るということです。このあたりの話題について詳しくは、例えば Del Zanna & Mason (2018) を読んでください。

連続光で見える高度

図 4 で紹介した 電波 脚注 [電波]:電磁波 (光) のうち、波長が大体 0.1 mm より大きい領域のものを電波と言います。このうち、地球大気に吸収・反射されずに地上で観測できる領域は波長 1 mm から 10 m 程度 (周波数に換算すると 30 MHz から 300 GHz) です。多彩な物理機構によって発せられたものが観測されます。 画像は連続光を捉えたものですが、太陽表面ではなく、彩層が写っています。このように、連続光の観測でも、波長によって異なる高度の層が写ります。

図 33 に太陽表面における吸収係数のモデルを示しました。図 26 とは違い、今度は 50 nm から 10 µm の広い波長域が示されていて、様々な元素の束縛-束縛遷移の寄与まで考慮されています。

図 33   太陽表面での吸収係数のモデル (広波長域):様々な元素の束縛-束縛遷移の寄与も考慮されている。吸収係数の連続的な部分への主な寄与も示した。示したデータは F. Castelli 氏によって計算された線吸収係数 ( 正確には不透明度分布関数/ODF、Castelli, 2005 ) に連続吸収係数を足したもの。太陽表面のデータと連続吸収係数の計算方法は Vernazza et al. (1976), Vernazza et al. (1981) を参考にした。一部の反応の起こりやすさ (衝突断面積) については CHIANTI ( Dere et al., 2019 ) のデータを用いた。

図を見ると、束縛-束縛遷移に対応する突起が無数に伸びていることが分かります。突起を無視した部分を連続部と呼ぶことにします。連続部の値が連続光で観測したときに表面に見える高度を左右します。連続部の値は数百 nm から 1 µm 付近までの領域で最も小さく、それより小さい波長域でも大きい波長域でも大きくなります。

この数百 nm の領域が 可視光 脚注 [可視光]:電磁波 (光) のうち、波長が大体 380 nm から 780 nm の領域のものを可視光と言います。人間の目が感じることのできる領域です。 に相当します。太陽は可視光域の連続光 (正確には 1 µm 付近の赤外線域の連続光) で見た時がいちばん透明であり、最も低い層が表面として見えます。太陽表面 (高度ゼロ) は波長 500 nm の連続光で見たときの表面と定義されることが多いです。

より長い波長域では、\(\text{H}^-\) や \(\text{H}\) の自由-自由遷移 ( 図 34 ) の寄与によって、吸収係数は大きくなっています。つまり、長い波長域の連続光で観測すると、太陽表面より上の層が見えるわけです。

図 34   自由-自由遷移:イオンが電子と衝突する時に、電子のエネルギーの一部が奪われて光子に変換される反応を制動放射と言う。その逆過程を自由-自由吸収と言う。「\(\text{H}^-\) の自由-自由遷移」とは、図のイオンを \(\text{H}\) 原子に置き換えた反応を指し、「\(\text{H}\) の自由-自由遷移」とは、図のイオンを \(\text{H}^+\) イオンに置き換えた反応を指す。

参考文献

記事全体として参考にした文献

引用した文献

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