はじめに
この記事は太陽に普遍的に存在する磁場の構造を表面からの高度ごとに分けて紹介する一連の記事の Part 2 です。Part 1 では気体と磁場の基本的な関係について説明した後、主にコンピュータモデルによって明らかになったコロナや惑星間空間の磁場の様子を概観しています。Part 2 の本記事では、磁場の存在によって表面付近で観測される数々の構造や現象を紹介します。
特に気体と磁場の関係について、Part 1 で説明している知識を前提として話を進めています。Part 1 を読んでから本記事を読まれることをおすすめします。
ネットワーク
Part 1 の最後では太陽表面から離れた位置の磁場構造を説明しましたが、今度は表面付近での磁場構造を説明します。特に、 活動領域 脚注 [活動領域]:太陽コロナの画像を見ると、特に明るく光っている領域が存在していることがあります。これを活動領域と言います。活動領域は磁場の強い領域であり、ふもとの太陽表面 (光球) には黒点があります。活動領域以外の領域を静穏領域と言います。コロナの画像で特に暗く見える領域はコロナホールと呼ばれます。 図の提供 NASA/SDO and the AIA, EVE, and HMI science teams. ではない場所 ( 静穏領域 脚注 [静穏領域]:太陽コロナの画像を見ると、特に明るく光っている領域が存在していることがあります。これを活動領域と言います。活動領域は磁場の強い領域であり、ふもとの太陽表面 (光球) には黒点があります。活動領域以外の領域を静穏領域と言います。コロナの画像で特に暗く見える領域はコロナホールと呼ばれます。 図の提供 NASA/SDO and the AIA, EVE, and HMI science teams. , quiet Sun ) に注目します。
掃き集められた磁場
図 1 は SDO/HMI によって観測された 光球 脚注 [光球]:フィルターを通さずに可視光で観測したときに明るく映る層のことです。大雑把にはこの層が「太陽表面」と呼ばれます。より細かくは高度 0 から 500 km あたりの層を言います。 の様子です。画像の黒枠の領域を拡大したものが 図 2 です。枠の左端に黒点 (活動領域) が写り込んでいて、枠の中央付近には隣の静穏領域が映っています。
図 2 のボタンを押して表示を表面磁場の様子に切り替えてください。図の青枠付近を見ると、磁場が数万 km 間隔でまとまって存在していることが分かります。心の目で見ると、図に緑色で示したような網目状の構造を形作っているようにも見えます。静穏領域の磁場は一様に存在するのではなく、このように網目状の構造を作り、強い磁場が多く存在する領域 (ネットワーク, network) とあまり存在しない領域 (ネットワーク間, internetwork) に分かれます。この理由を説明します。
詳しくは記事「粒状斑:太陽表面での対流」で説明していますが、太陽表面には 2 種類の対流を主成分とする気体の流れがあります ( 図 3 )。粒状斑 (granulation) と超粒状斑 (supergranulation) です。ネットワークはこのうちの大きい方の対流、超粒状斑に関係しています。
図 2 の「超粒状斑」と書かれたボタンを押したときの表示は、HMI によって観測された表面の気体の動きの様子から超粒状斑による成分を抽出したものです。図の読み方についてはキャプションを読んでください。行った処理については 粒状斑の記事 で説明しています。
超粒状斑は数万 km 程度の大きさの主に水平方向の流れです。Part 1 で説明したように、表面付近では基本的に、気体が磁場を支配しています。このため、表面を突き抜けている磁力線は超粒状斑の流れに乗って移動し、やがて超粒状斑の流れが収束している場所 (下降流域、超粒状斑の縁) に掃き集められます ( 図 4 )。こうしてネットワークが形成されます。
身の回りで例えると、鍋に入れた食材から出てきたアクが、ぐつぐつと沸騰している汁の下降流域に集まるイメージです。
彩層を見たときのネットワーク
図 5 に様々な波長の光で 図 2 と同じ領域を見たときの様子を載せます。ボタンで表示を切り替えて見比べてみてください ( 図の色について 脚注 [図の色]:図に映っている太陽の色は人工的に着けられたものです。惑わされないでください。これらの図は、特定の波長の光だけを通すフィルターを付けた望遠鏡によって撮影されたものであり、要はモノクロ画像です。得られた光の強度を慣習に従った色によって図示しています。 )。
Ca K 線 (波長 393 nm) や Ca H 線 (波長 396 nm) で撮影した画像は 彩層 脚注 [彩層]:太陽大気のうち、高度 500 km から数千 km の層を指します (太陽半径は約 70 万 km)。太陽表面より少しだけ上の領域と考えてください。例えば波長 656.3 nm (Hα 線) や 396 nm (Ca H 線)、 30.4 nm の光などで観測すると見ることができます。 の温度に敏感であると考えられています。これらの画像ではネットワークが明るくなっています。つまり、ネットワークの彩層はネットワーク間よりも高温であると考えられます。これは磁場が強いことと関連している可能性が高いですが、Part 1 のプラージュの所でも述べたように、具体的に磁場のどのような働きによって加熱されているかはまだよく分かっていません。これは記事「コロナ加熱:温度構造がおかしい?」で説明しているコロナ (& 彩層) 加熱問題に関連する話題です。
Ca H 線の画像は観測衛星ひのでが捉えたものであり、青枠の領域が拡大されています。ひのでが捉えた同じ領域の 光球 脚注 [光球]:フィルターを通さずに可視光で観測したときに明るく映る層のことです。大雑把にはこの層が「太陽表面」と呼ばれます。より細かくは高度 0 から 500 km あたりの層を言います。 の様子も載せています。光球の画像で全面に渡って見られる粒々の模様は前述した小さいスケールの方の対流、粒状斑です。詳しくは 粒状斑の記事 を読んでください。
両者を比較すると、Ca H 線で明るく見えている領域は光球の画像でもうっすらと明るくなっています。これは Part 1 でも説明した白斑 (facula) です。磁場が強い領域が白斑になる理由についても 粒状斑の記事 で説明しています。
Hα 線 (波長 656.3 nm) でも彩層の様子が写ります。しかし、温度構造に比較的忠実な Ca K 線とは違って、具体的に何が明るく、何が暗く写っているかの解釈は難しい問題です (例えば de la Cruz Rodríguez & van Noort, 2017 )。図 5 には「Hα 線中心 (core)」と「Hα 線すそ (wing)」と題した 2 つの画像を載せました。前者では白黒の複雑な模様が見えます。後者は全体的に花こう岩のような風貌ですが、こちらではネットワークが暗く写っています。この 2 枚の画像の違いについては記事「ジェット:噴出現象」で説明しています。
磁場の 3 次元構造
前節では、静穏領域の 光球 脚注 [光球]:フィルターを通さずに可視光で観測したときに明るく映る層のことです。大雑把にはこの層が「太陽表面」と呼ばれます。より細かくは高度 0 から 500 km あたりの層を言います。 (太陽表面) は強い磁場がまとまって存在している領域 (ネットワーク) とあまり存在しない領域 (ネットワーク間) に二分されることを説明しました。Ca K 線のような吸収線で観測すると、ネットワーク上空の 彩層 脚注 [彩層]:太陽大気のうち、高度 500 km から数千 km の層を指します (太陽半径は約 70 万 km)。太陽表面より少しだけ上の領域と考えてください。例えば波長 656.3 nm (Hα 線) や 396 nm (Ca H 線)、 30.4 nm の光などで観測すると見ることができます。 は周りより明るく写るのでした。この節では、太陽表面上空 (光球と彩層) の磁力線が 3 次元的にどのような構造になっていてコロナまで届いているのかに注目します。
輝点とファイブリル
図 5 で Hα 線によって捉えられた彩層の様子を示しました。同じく Hα 線で捉えられたより詳細な彩層の様子を 図 6 に示します。図の動画では太陽面中央付近の同じ領域を 3 種類の波長で捉えた映像が順番に再生されます。最後の「Hα 線すそ」の映像で写っている現象については ジェットの記事 で説明しています。ここでは「光球」と「Hα 線中心」の映像に注目してください。
初めの光球の動画では粒状斑が写っています。粒状斑と粒状斑の間にあるアクのような明るい構造は輝点と呼ばれます ( 図 7 )。輝点は真上から見たときの白斑であり、磁場の強い領域を体現しています。
図 6 の動画の領域では 図 8 に示したようにネットワークが存在しています。ネットワークには輝点が多く存在しています。
図 8 の表示を Hα 線画像に切り替えると、ネットワークからネットワーク間に向けて飛び出ている細長い構造が見えます。これをファイブリル (fibril, 線維) と言います。あるいは、図 5 のような低解像度の画像ではまだら模様に写るため、モットル (mottle, 斑紋) と呼んでいる文献もあります。
Hα 線中心で捉えた画像は彩層の物質の状態を反映していますが、上述したように、具体的に何が暗く、何が明るく写っているのかの解釈は難しい問題です。例えば Leenaarts et al. (2012) のシミュレーションでは、ファイブリルの暗い部分は高度 2500 km 程度の尾根を見ていて、逆に明るい部分は高度 1500 km 程度の谷を見ているのではないかとしています。Hα 線で見えるファイブリルの明暗模様は彩層の温度には無関係であり、見えている高度が高いほど暗く見えるようです。
いずれにせよ、ファイブリルの向きは磁力線の向きを表していると考えられています。つまり、彩層ではネットワークからネットワーク間に伸びる磁力線が存在します。
光球磁場の構造:磁束管
図 9 に光球での磁力線の基本構造を示しました。Part 1 で説明したように、光球では基本的に気体が磁場を支配しており、\(100 \ \text{mT}\) 程度より弱い磁場は気体の流れに逆らうことができません。表面に磁力線が突き刺さっていたら、その磁力線は粒状斑対流に掃き寄せられることで、対流の下降流域 (粒状斑と粒状斑の間の領域) に集まります。
たくさんの磁力線が集まった場所では対流崩壊 (convective collapse) という現象が起こり、太陽表面には穴が開いて、\(100 \ \text{mT}\) の桁数の強い磁場が存在するようになります。このように、周りより強い磁力線の束は磁束管 (flux tube) と呼ばれます。
磁束管の存在する場所の表面には穴が開いています。どうして穴が開いているのかについては 粒状斑の記事 で説明しています。この穴を上から見ると輝点として写り、斜めから見ると白斑として写ります。
まとめると、太陽表面ではほとんどの面積には弱い磁場しか存在せず、ごく一部の面積のみに強い磁場 (\(100 - 200 \ \text{mT}\)) が存在しています。既に述べたように、超粒状斑の流れに掃き寄せられ、磁場の強い磁束管 (輝点) が群集している場所がネットワークであり、あまり存在しない場所がネットワーク間です。
光球の磁場は比較的良い精度で観測されているので、このような光球磁場の描像は疑うところが少ない (揺るぎのない) 事実です ( より詳しくは例えば Borrero et al., 2017 )。対して、下で説明する彩層の磁場構造については観測や理論による推測が難しく、まだ分からないことが多いです。
彩層磁場の構造:キャノピー
上で述べたように、光球 (高度 0 から数百 km) では気体が磁場を支配しているため、磁力線は掃き寄せられた結果、狭い面積に集中して存在しています。上方に行くほど気体の密度は小さくなるので、やがて気体と磁場の力関係は逆転します。コロナ (高度数千 km より上) では磁場が気体を支配しており、磁力線は基本的に空間を埋め尽くすように広がって存在していると考えられています。
両者の間にある彩層 (高度数百から数千 km) では磁束管の磁力線が上に行くほど広がる構造をしていると考えられています ( 図 10 )。気体が支配している領域の上を磁場が支配している領域が天蓋のように覆っているこの構造をキャノピー (canopy) と言います。キャノピーの高度は場所 ( 活動領域 脚注 [活動領域]:太陽コロナの画像を見ると、特に明るく光っている領域が存在していることがあります。これを活動領域と言います。活動領域は磁場の強い領域であり、ふもとの太陽表面 (光球) には黒点があります。活動領域以外の領域を静穏領域と言います。コロナの画像で特に暗く見える領域はコロナホールと呼ばれます。 図の提供 NASA/SDO and the AIA, EVE, and HMI science teams. か 静穏領域 脚注 [静穏領域]:太陽コロナの画像を見ると、特に明るく光っている領域が存在していることがあります。これを活動領域と言います。活動領域は磁場の強い領域であり、ふもとの太陽表面 (光球) には黒点があります。活動領域以外の領域を静穏領域と言います。コロナの画像で特に暗く見える領域はコロナホールと呼ばれます。 図の提供 NASA/SDO and the AIA, EVE, and HMI science teams. か コロナホール 脚注 [コロナホール]:コロナの画像で特に暗く見える領域はコロナホールと呼ばれます。コロナホール以外の領域の磁力線は基本的にループを描いて両端が太陽表面と繋がっていますが、コロナホールから伸びる磁力線は片方の端が宇宙空間まで伸びている (開いている) と考えられています。コロナホールは速い太陽風の源です。 図の提供 NASA/SDO and the AIA, EVE, and HMI science teams. か) によって違うと考えられますが、数百から 1500 km 程度の間であることが予想されます。
磁束管が広がるのに伴って、ネットワークからネットワーク間に向けて水平に近い磁場構造が存在することが期待されます。ファイブリルはこの磁場構造を見ていると考えられています。
彩層の磁場構造はまだ分かっていないことが多く、特に静穏領域におけるキャノピーの存在を疑う研究もあります ( 詳しくは Wedemeyer-Böhm et al., 2009; Wiegelmann et al., 2014 )。上のスケッチは現在考えられている可能性のひとつとして捉えてください。
彩層磁場の観測例
彩層磁場の観測例として、最近の研究をひとつ紹介します ( Ishikawa et al., 2021 )。図 11 は国立天文台を中心とした日米欧共同チームが開発した太陽観測ロケット CLASP2 の観測結果です。図にはプラージュ (活動領域) とその隣の静穏領域の各位置における、各高度での磁場強度の測定結果が示されています。図の読み方についてはキャプションを読んでください。
図を見ると、プラージュ (活動領域) には強い磁場が存在しています。特に、光球の磁場 (緑色) は強い領域と弱い領域の差が大きいことが分かります。これは光球での磁束管構造を表します。
この磁場の強い領域と弱い領域の差は、彩層下部 (青色)、中部 (黒色)、上部 (赤色) と、より上空に行くほど均されて小さくなっています。これは上述したように、上空に行くほど磁力線が広がってより一様な分布になっていく様子を示していると報告されています。
図 11 では活動領域の隣の静穏領域の磁場の様子も示されていますが、ネットワークの磁場は弱いために観測の不確かさが大きく、ネットワークにおけるキャノピーの様子についての情報をこの結果から得ることはできないようです。
上で紹介した研究成果については国立天文台のサイトに掲載された こちらの記事 も読んでみてください。
コロナ輝点
図 12 に上で示した Ca K 線や Hα 線の画像に加え、更に上の層を映した画像を載せました。後ろに行くほどより上の層が写るような順番になっています。ボタンに書いてある遷移層 (transition region) とは、 彩層 脚注 [彩層]:太陽大気のうち、高度 500 km から数千 km の層を指します (太陽半径は約 70 万 km)。太陽表面より少しだけ上の領域と考えてください。例えば波長 656.3 nm (Hα 線) や 396 nm (Ca H 線)、 30.4 nm の光などで観測すると見ることができます。 (5000 から 1 万 K 程度) と コロナ 脚注 [コロナ]:高度数千 km より高層の大気を指します (太陽半径は約 70 万 km)。極端紫外線や X 線で見ることができます。 (100 万 K 以上) の間の 10 万 K 程度の層のことです。
彩層上部より上の層を写した画像では、図に矢印で示した位置に明るい構造が現れています。これをコロナ輝点 (coronal bright point) と言います。図 13 は同時刻の太陽全面に渡るコロナの様子ですが、コロナ輝点は矢印に示した箇所以外にもたくさん確認できます。
図 12 の表面磁場の画像を見ると、コロナ輝点のふもとには磁極の対 (白と黒の対) があることが分かります。コロナ輝点はこの対からコロナまで伸びた磁力線のループが光っているのを見ていると考えられています ( 図 14 )。
図 15 に示したのは、表面磁場とコロナの時間変化を同時に捉えた映像です。動画の初めから終わりが現実の 3 日間に相当します。表面磁場の変化に対するコロナの応答に注目して見てください。
動画の後半に緑色の矢印で示した部分では、表面に突然白黒の対の磁場が現れると共に、その上空でコロナ輝点が形成されます。これは内部から大気に磁力線のループが出現した様子を見ています ( 図 16 )。
このように、大気に現れる小さなループ磁場 (白黒の対) を短命領域 (ephemeral region) と言います。短命領域はいわば 活動領域 脚注 [活動領域]:太陽コロナの画像を見ると、特に明るく光っている領域が存在していることがあります。これを活動領域と言います。活動領域は磁場の強い領域であり、ふもとの太陽表面 (光球) には黒点があります。活動領域以外の領域を静穏領域と言います。コロナの画像で特に暗く見える領域はコロナホールと呼ばれます。 図の提供 NASA/SDO and the AIA, EVE, and HMI science teams. の小さい版です。動画のように気まぐれに現れ、数時間から数十時間経つと再び内部に引っ込むか、あるいはネットワークの磁場に同化して姿が見えなくなります。
コロナ輝点の中で、こうした短命領域の出現と共に現れるものは少数派であり、多くは元々離れた場所に存在していた白黒の対が近づいた際に発生することが分かっています。これは 図 17 に示したように磁力線のつなぎ変えが起こり、近づく 2 つの磁極間に新たなループが生成されている現場を見ているのではないかと考える研究者もいます ( 詳しくは Madjarska, 2019 )。記事「様々な現象を引き起こす磁気リコネクション」で説明しますが、コロナで磁力線のつなぎ変わりが起きると、それに伴って周りの気体は強く加熱されることが期待されます。そうして熱い気体で満たされた部分がコロナの画像で光っているのではないかというシナリオです。
図 15 の動画の後半にオレンジ色の矢印で示した部分では、表面磁場の白黒の対が近づいて相殺し、消えるのに伴って、上空のコロナ輝点も消滅する様子が写っています。これは 図 16 とは逆に、ループ磁場が内部に引っ込む様子を見ていると考えられます。
コロナ輝点について詳しくは、例えば Madjarska (2019) を読んでください。
ネットワーク間の弱い磁場
図 18 はひのでによって観測された光球と磁場強度の様子です。これまで説明してきたように、ネットワークには \(100 \ \text{mT}\) を超える強い磁場が多く存在していることが分かります。一方で、ネットワーク間にも数十 \(\text{mT}\) 程度の弱い磁場が存在しているように見えます。今度はこの弱い磁場に注目します。
図 19 はひのでが観測した静穏領域の表面磁場の動画です。図 15 の動画などではっきりとした模様として写っているのは基本的に \(100 \ \text{mT}\) の強い磁場の様子ですが、こちらでは数から数十 \(\text{mT}\) の弱い磁場でもはっきりと白黒に写るように図示されています。そのため、ネットワークとネットワーク間の違いが多少分かりにくくなっています。また、図 15 の動画よりも早送りの速度が遅いことも特筆しておきます。
動画では、ネットワーク間の弱い磁場が白や黒の点として見えます。この点のひとつひとつを磁気要素 (magnetic element) と言います。磁気要素は光球の流れに漂い、出現したり消えたり、合体したり分裂したりと変化しています。
出現と消滅
図 19 に見える磁気要素は主に次のような仕組みで現れたり消えたりしています。
まず、図 16 で短命領域の場合について絵に描いたのと同じように、新しい小さなループ磁場が内部から表面に現れた際に磁気要素も出現することになります。
逆に、ループが内部に引っ込む際には磁気要素も消滅します。具体例として、図 20 に描いたように、1 個のループと逆磁極の磁気要素が近づいた結果、磁力線がつなぎ変わる反応は実際に起きているだろうと考えられています。新たに形成されたループは強く曲がっているため、しなった竹のようにして磁気張力がはたらき、内部に引っ込みます。
上述したのは磁気要素の出現・消滅と共に、本当に太陽表面に新たな磁場が加わったり、取り除かれたりしている例です。一方で、太陽表面を貫く磁力線の本数 ( 磁束 脚注 [磁束]:その密集度が磁場の強さ (strength; 単位 \(\text{T}\), テスラ) を表すように磁力線を描いたとき、磁力線の本数に相当する概念が磁束 (flux; 単位 \(\text{Wb}\), ウェーバー) です。ある面積 \(S\) を強度 \(B\) の磁場が垂直に貫いていたとき、その面積を貫く磁束は \(SB\) と計算できます。磁束の単位には \(\text{Mx}\) (マクスウェル) が用いられることもありますが、\(1 \ \text{Mx} = 10^{-8} \ \text{Wb}\) です。 ) は変化しないけれども、磁気要素が見かけ上現れたり消えたりすることもあります。表面磁場の観測には感度の限界があるため、弱すぎる磁場は見えません。光球の流れによって磁力線が集まったり分散したりすることで、見えるようになったり見えなくなったりします ( 図 21 )。
ネットワーク間磁場の観測の難しさ
表面磁場を観測する最も強力な手法は、記事「プラズマ診断:太陽を「見る」だけでここまで分かる」で説明しているゼーマン効果を用いる方法です。この方法では、観測される光の偏光状態から光が放たれた場所 (光球) の磁場の強度や向きが推定されます。偏光状態とは、光が伝搬する時の電磁場の振動方向に関する性質です。
ネットワーク間の磁場は弱いため、推定するためには偏光状態の繊細なシグナルを捉える必要があります。このため、観測にはノイズによる推定結果の不確かさをどう解釈するかという問題が付きまといます。
更に、磁場の測定では観測装置の分解能も重要です。図 21 は分解能の違いによる観測結果の違いをエミュレートしたものです。太陽表面は小さい面積にぼつりぼつりと磁場が点在している基本構造であるため、分解能の低い観測装置では均されてそれらの構造が見えなくなってしまいます。
このように、ネットワーク間の磁場を考える際は、観測結果が実際の磁気要素を分解できているのか、できていないとしたら未解像の構造についてなにが言えるのかを慎重に解釈する必要があります。
このような観測の難しさから、ネットワーク間の磁場強度や向きがどうなっているのかについては、研究者によって解釈が分かれ、論争が起きてきました。詳しくは Bellot Rubio & Orozco Suárez (2019) にまとまっています。
Bellot Rubio & Orozco Suárez (2019) によると、ネットワーク間の磁場の強さは主に \(10 - 20 \ \text{mT}\) 程度であり、ほどんどの磁力線は太陽表面に対して水平であるというのが現在の結論のようです。ただし、現在の高分解能の観測装置 (観測衛星ひのでや観測気球 SUNRISE など) でも解像出来ていない更に細かい磁場構造が存在する可能性はあるようです。
磁場の量比べ
黒点や活動領域からネットワーク間磁場まで、太陽表面で観測される様々なスケールの磁場について説明してきました。この節では、それぞれの構造が持つ 磁束 脚注 [磁束]:その密集度が磁場の強さ (strength; 単位 \(\text{T}\), テスラ) を表すように磁力線を描いたとき、磁力線の本数に相当する概念が磁束 (flux; 単位 \(\text{Wb}\), ウェーバー) です。ある面積 \(S\) を強度 \(B\) の磁場が垂直に貫いていたとき、その面積を貫く磁束は \(SB\) と計算できます。磁束の単位には \(\text{Mx}\) (マクスウェル) が用いられることもありますが、\(1 \ \text{Mx} = 10^{-8} \ \text{Wb}\) です。 の比較をします。
その密集度が磁場の強度 (単位 \(\text{T}\)) を表すように磁力線を描いたとき、ある面積を貫く磁力線の本数が磁束 (単位 \(\text{Wb}\), ウェーバー) です。端的に言うと磁場の「量」を表す概念です。
表 23 に各構造が持つ磁束をまとめました。最後の行には参考のために地磁気の値も載せています。例えば \(1 \ \text{Wb}\) の磁力線が太陽内部から大気に突き出ていて、大気でループを描き、再び太陽内部に向かって突き刺さっている場合、極性まで考慮した磁束は差し引きゼロになります。表にまとめられているのは極性を考えない (絶対値の) 磁束であり、\(1 \ \text{Wb}\) 突き出して \(1 \ \text{Wb}\) 突き刺さっているから合計 \(2 \ \text{Wb}\) 貫いているという計算方法です。
表の上から 3 行は個々の構造がどれだけの磁束を持つかです。活動領域と短命領域は磁場の強さの観点では桁で違うわけではありません (両者とも \(100 \ \text{mT}\) の桁数) が、活動領域の方が面積が大きいため、磁束の観点では桁違いに大きくなっています。
表の真ん中の 3 行は、ある瞬間に太陽表面全体で合計するとどれくらいの量になるかを表します。ただし、11 年周期の極大期を想定した値です。注目すべきはネットワーク間磁場です。ネットワーク間は太陽表面の多くの面積を占めているため、磁場が弱いにもかかわらず、活動領域やネットワークと同じ桁数の寄与を持ちます。
活動領域の数が多くなる極大期においても、静穏領域 ( = ネットワーク + ネットワーク間) の持つ磁束の方が活動領域より若干多いという見積もりになっています。
磁場の起源の謎
活動領域は Part 1 で説明したように、 対流層 脚注 [対流層]:太陽半径を \(R_\odot =\) 約 70 万 km としたとき、\(0.7 R_\odot \)から表面 (\(1 R_\odot\)) までの領域を指します。この領域では主に熱対流によってエネルギーが外側へと運ばれます。 の底に横たわる強い磁場の一部が表面まで浮上してくることによって形成されると考えられています。これは記事「11 年周期:太陽の睡眠サイクル」で説明しているダイナモ機構によって維持される磁場です。このため、活動領域の出現数は 11 年周期で変化します。11 年周期を生むダイナモ機構のことを、ここでは特に全球ダイナモ (global dynamo) と呼ぶことにします。
ネットワークの磁場の起源としては、短命領域の出現によってもたらされる磁場とネットワーク間磁場が考えられています。ネットワーク間磁場は超粒状斑の流れに流されて、縁のネットワークに取り込まれている可能性があります。ネットワークのほとんどの磁場はネットワーク間磁場にもたらされているという見積もりもありますが、 Borrero et al. (2017) によると不明点もあるようです。
短命領域やネットワーク間磁場の起源については、論争が巻き起こっています ( 図 24 )。
例えばこれらの構造は活動領域と同じように対流層底の磁場が浮上してきたものなのではないかという考えがあります。また、活動領域や短命領域の磁場が一旦表面下に沈んで再び大気に現れたものがネットワーク間磁場なのではないかという考えもあります ( 例えば de Wijn et al., 2009 )。これらは活動領域と同じ全球ダイナモが起源であるとする説です。
活動領域には、小さなものほど頻繁に出現するという法則がありますが、全く同じ法則が短命領域やネットワーク間磁場の場合まで拡張して適用できるという観測結果がこの仮説を後押ししています。
一方で、別の考え方もあります。活動領域はほとんど緯度 30 度以内に出現しますが、短命領域やネットワーク間磁場は高緯度にも見られます。全球ダイナモが起源であるならば、11 年周期で出現率が変化することが期待されますが、ネットワーク間磁場にそのような変化があるという報告はありません。ただし、極域の磁場に関しては、11 年周期の記事 で説明している磁場反転と関連した変化が観測されています。
これらの観測事実は、短命領域の一部やネットワーク間磁場が全球ダイナモとは別の機構によって生成されている可能性を示唆します。このような背景から、太陽表面付近の対流は、奥深くから上昇してきた磁場を大気に浮上させるだけでなく、それ自身で磁場を作り出すことができるのではないかと考えられるようになってきました。この作用を全球ダイナモに対して局所ダイナモ (local dynamo) と言います。
太陽表面付近を模した箱の中での粒状斑のコンピュータシミュレーションでは、磁場が作り出される様子が確認されることもありますが、それが実際の太陽にも当てはまる現象なのかについてはまだ疑問が残ります。
この問題は太陽表面の多くを占めている磁場がどのように作られるのかという基本的な問題であり、近年熱心に研究が行われています。このあたりの話題について詳しくは、例えば Bellot Rubio & Orozco Suárez (2019) を読んでください。
参考文献
記事全体として参考にしたレビュー
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引用した文献
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