磁場に満ち溢れた世界
太陽で起こる様々な現象の裏には立役者がいます。それは磁場です。
例えば太陽表面にはしばしば黒い点が現れます。黒点と呼ばれる現象です。記事「黒点:磁場が通り抜ける「穴」」で説明しているように、強い磁場が存在する領域が黒点になります。
太陽大気が突然光り始めると共に、ときに大量の物質を宇宙空間にまき散らす現象をフレアと言います。記事「フレア:太陽大気で起こる爆発」で説明しているように、フレアは 磁力線 脚注 [磁力線]:各場所での磁場の向きを繋げた曲線を磁力線と言います。理想的には磁力線の密集度がその場所での磁場の強さ (単位 T, テスラ) を表しますが、実際の図では特徴的な磁力線だけを間引いて描くため、この限りではありません。磁力線が分裂したり合流したりすることはありません。電気を通すプラズマでは磁力線は物質に凍結している (物質は磁力線に垂直な方向に動くことができない) ので、磁力線の動きはその場所でのプラズマ (物質) の動きを表します。 が大規模につなぎ変わる現象であることが分かっています。
これはほんの一例ですが、このように、太陽で起きる現象には必ずと言っていいほど裏で磁場が絡んでいます。そのため、それらの現象を理解するには磁場の理解が欠かせません。
磁場について詳しくは記事「磁場とは?」で説明していますが、磁場を視覚的に理解するのに便利なのが磁力線 (field line) と呼ばれる概念です。各点での線の向きがその点での磁場の向きになるような曲線を考えることができます。この磁力線は途中で分裂したり合流したりすることはありません。
例えば地磁気の磁力線は 図 1 のような形状をしていると考えられています。太陽から吹き付ける物質 (太陽風) の影響で太陽と反対の方向に大きく歪んでいますが、それを無視すれば棒磁石と同様の形状です。南極から突き出した磁力線はループを描き、北極の地表面で再び突き刺さります。地表面では北向きであるため、方位磁針は北を指します。
太陽の磁力線は地磁気よりも複雑です。図 2 は観測に基づく計算によって求められた、とある日の コロナ 脚注 [コロナ]:高度数千 km より高層の大気を指します (太陽半径は約 70 万 km)。極端紫外線や X 線で見ることができます。 における磁力線の様子です。このように、太陽の磁力線は表面の様々な場所から様々な方向に向かって突き出ています。
この記事では今までの研究によって明らかになってきた太陽大気における磁場の様子を、高度 (太陽表面からの距離) ごとに分類して紹介します。掲載画像数が多くなってしまったので、Part 1 と Part 2 の 2 つの記事に分けることにしました。
Part 1 の本記事では気体と磁場の関係について説明した後、主にコンピュータモデルによって明らかになっているコロナや惑星間空間の磁場の様子を概観します。Part 2 では、磁場の存在によって表面付近で観測される数々の構造や現象について説明します。
磁場と気体の関係
具体的に大気の各高度における磁場を見ていく前に、磁場と気体の関係について整理しておきます。このことを頭の隅に置いておくと、後の説明が分かりやすくなると思います。
磁場と気体の相互作用
詳しくは記事「プラズマと磁場:磁力線が「実体」を帯びる」で説明していますが、太陽のようなプラズマ ( = 電気を通しやすい気体) と磁場は互いに影響を及ぼし合います。具体的には、磁場の中を気体が流れると電磁誘導によって電流や磁場の様子が変化し、磁場と電流が存在すると気体は ローレンツ力 脚注 [ローレンツ力]:電荷を持った粒子が磁場の中を運動をすると図の向きにローレンツ力を受けます。太陽を構成するプラズマ ( = 電気を通しやすい気体) は荷電粒子の集団であるため、電流 ( = 陽イオンと電子の間の相対的な動き) が発生すると各粒子にはたらくローレンツ力の合計としての力を受けることになります。単位体積あたりにはたらくローレンツ力 (単位 \(\text{N/m}^3\)) は電流 (単位 \(\text{A/m}^2\)) と磁場 (単位 \(\text{T}\)) の外積になります。 を受けて流れを変化させます。磁場と電流の関係はアンペールの法則に従わなければなりません。
このような磁場と気体の相互作用は逐一追うとややこしい話になります。しかし、 磁力線 脚注 [磁力線]:各場所での磁場の向きを繋げた曲線を磁力線と言います。理想的には磁力線の密集度がその場所での磁場の強さ (単位 T, テスラ) を表しますが、実際の図では特徴的な磁力線だけを間引いて描くため、この限りではありません。磁力線が分裂したり合流したりすることはありません。電気を通すプラズマでは磁力線は物質に凍結している (物質は磁力線に垂直な方向に動くことができない) ので、磁力線の動きはその場所でのプラズマ (物質) の動きを表します。 を考えて電流については見て見ぬふりをすることで、次のように直観的に理解することができます。
磁力線凍結
電磁誘導とプラズマの電気抵抗が非常に小さいことの帰結として、気体と磁力線の間には磁力線凍結定理 (アルベーンの定理, Alfvén's frozen flux theorem) と呼ばれる関係性が成り立ちます。
磁力線と気体は相対的に動くことができません。つまり、文字通り磁力線は気体に凍結されたように振舞います。例えば 図 3 (A) のように、気体に何らかの力が働いて矢印のような流れが起きたとします。このとき、次の瞬間の磁力線は図の (B) のように、流れと共に移動していなければなりません。逆に、磁力線が図の (A) から (B) のような形に変化したならば、そこには矢印のような流れが存在しなければなりません。
つまり、プラズマ中における磁力線の動きは、気体の動きをそのまま反映します。ただし、磁力線に沿った方向に気体が動いている場合は、磁力線は見かけ上動かないことが許されます。
ローレンツ力
ローレンツ力は磁力線の存在によって気体にはたらく力です。磁力線に垂直な向きにしかはたらきません。ローレンツ力は磁気張力 (magnetic tension force) と磁気圧 (magnetic pressure) に分けて考えることができます。
磁気張力は磁力線が曲がっていた場合に、磁力線を真っすぐにしようとする方向にはたらく力です ( 図 4 )。その強さは磁場強度の 2 乗に比例して大きくなり、磁力線が強く曲がっているほど大きくなります。
磁気圧は名前の通り、圧力に似た性質を持つ力です。磁力線には別の磁力線からなるべく離れようとする性質があると考えてください。磁場が存在すると、気体は通常の圧力に加え、磁力線に垂直な方向に更なる圧力を持ちます。この磁気圧の大きさは磁場強度 ( = 磁力線の密集度) の 2 乗に比例します。
例えば 図 5 (A) のように、一様な強度の磁場が存在していたとします。このとき、磁気圧も一様なので、気体はローレンツ力を受けません。一方で、図の (B) のように左側の磁場強度が右側よりも大きかった場合、左側の磁気圧が右側に勝るため、気体は正味として右向きにローレンツ力を受けます。
磁場と気体のどちらが支配的か
気体と磁場の力関係は太陽表面 ( 光球 脚注 [光球]:フィルターを通さずに可視光で観測したときに明るく映る層のことです。大雑把にはこの層が「太陽表面」と呼ばれます。より細かくは高度 0 から 500 km あたりの層を言います。 ) と コロナ 脚注 [コロナ]:高度数千 km より高層の大気を指します (太陽半径は約 70 万 km)。極端紫外線や X 線で見ることができます。 では大きく違います。表面では多くの領域で気体が磁場を支配しています。対して、コロナでは多くの領域で磁場が気体を支配しています。気体と磁場のどちらが支配的かの指標として、プラズマベータという量が考えられます。
上で磁気圧 \(P_\text{磁気}\) (単位 \(\text{Pa}\)) は磁場強度 \(B\) (単位 \(\text{T}\), テスラ 脚注 [テスラ]:磁場の強さを表す単位です。理想的には磁力線の密集度に相当しますが、実際の図では特徴的な磁力線だけを間引いて描くため、この限りではありません。磁場の強さの単位には \(\text{G}\) (ガウス) が使われることもあり、\(1 \ \text{G}=10^{-4} \ \text{T}\) です。 ) の 2 乗に比例すると述べましたが、具体的には次のように書けます。
\begin{align} P_\text{磁気} &= \frac{B^2}{2\mu_0} \tag{1} \\ \text{ただし}, \quad \mu_0 &= 1.26\times 10^{-6} \ \text{T}^2\text{Pa}^{-1} \\ &: \text{真空の透磁率}\end{align}
これは気体にはたらくローレンツ力の典型的な大きさの指標と解釈できます。対して、気体は通常の意味での圧力 \(P_\text{ガス}\)も持っています。これは磁気圧に対してガス圧と呼ばれます。両者の比 \(\beta\) をプラズマベータと言います。
\[\beta = \frac{\text{ガス圧}}{\text{磁気圧}} = \frac{2\mu_0 P_\text{ガス}}{B^2}\]
プラズマベータが 1 より小さい領域では磁場が支配的であり、1 より大きい領域では気体が支配的であると言えます。
低高度コロナ:磁場が支配
低高度のコロナ、例えば太陽半径の 1.1 倍の半径 (高度 7 万 km) におけるガス圧と磁場の典型的な値として \(P_\text{ガス} = 0.1 \ \text{Pa}\), \(B = 3\times 10^{-3} \ \text{T}\) をプラズマベータの式に代入すると、\(\beta = 0.03\) となります。このように、磁場が比較的強い領域の低高度のコロナでは磁場が支配的と考えられています ( Gary, 2001 )。
上で磁力線凍結定理を説明しましたが、磁場が支配する領域では、磁場が気体の流れに引きずられることはありません。磁場はそれ自身として安定するような形状を取り、基本的には空間を埋め尽くすようにして存在します。
気体は磁力線に串刺しにされた状態であり、磁力線に沿った方向にしか動けません ( 図 6 )。このことが視覚的に分かりやすく表れている観測例を 図 7 に示しました。NASA が YouTube に上げている動画です。
動画の解説をします。この映像は観測衛星 SDO に搭載された装置 AIA が波長 30.4 nm の光 ( 紫外線 脚注 [紫外線]:電磁波 (光) のうち、波長が大体 10 nm から 380 nm の領域のものを紫外線と言います。波長 10 nm 付近 (極端紫外線) にある輝線はしばしばコロナの観測に用いられます。紫外線は地球大気に吸収されるので、宇宙からの観測が必要です。 ) で捉えた太陽大気の様子です ( 映像の色について 脚注 [図の色]:図に映っている太陽の色は人工的に着けられたものです。惑わされないでください。これらの図は、特定の波長の光だけを通すフィルターを付けた望遠鏡によって撮影されたものであり、要はモノクロ画像です。得られた光の強度を慣習に従った色によって図示しています。 )。この装置で大気を撮ると、およそ 5 万 K ( ケルビン 脚注 [ケルビン]:温度の単位には基本的にケルビン (K) を用います。日常で使われる摂氏と目盛の幅は同じであり,摂氏 0 度は 273.15 K です。つまり,例えば 300 K は摂氏 26.85 度のことです。 ) の気体が明るく写り、それより高温の気体は写りません。従って、基本的には太陽面の 彩層 脚注 [彩層]:太陽大気のうち、高度 500 km から数千 km の層を指します (太陽半径は約 70 万 km)。太陽表面より少しだけ上の領域と考えてください。例えば波長 656.3 nm (Hα 線) や 396 nm (Ca H 線)、 30.4 nm の光などで観測すると見ることができます。 上部が写っています。
動画の初めあたりでフレアが起きます。詳しくは フレアの記事 で説明していますが、フレアが起きると上から高速の粒子 (電子や陽子) が降ってきます ( 図 8 A )。この粒子自体は写りません。粒子が磁力線に沿って降下し、ふもとの彩層に衝突すると、彩層は加熱されて膨れ上がります。
すると、膨れ上がった熱い気体は磁力線に沿って上昇し、ループ内を満たします。こうして、動画では明るいループが現れます ( 図 8 B )。このときのループの温度は 1000 万 K 近くになり、気体の多くは透明になります。
動画の 1 分を過ぎてくると、今度はループが冷やされる段階に入ります。熱い気体は冷やされて姿を現し、重力に従って彩層面に降り注ぎます ( 図 8 C )。この現象はコロナレイン (coronal rain) と呼ばれます。このときに、気体が磁力線のループに沿って落ちていく様子が明瞭に分かります。ループの形状は変化しません。これが磁力線凍結定理の結果であり、低高度コロナにおける磁場と気体の力関係です。
ただし、コロナの中でも磁場が弱い領域 ( 静穏領域 脚注 [静穏領域]:太陽コロナの画像を見ると、特に明るく光っている領域が存在していることがあります。これを活動領域と言います。活動領域は磁場の強い領域であり、ふもとの太陽表面 (光球) には黒点があります。活動領域以外の領域を静穏領域と言います。コロナの画像で特に暗く見える領域はコロナホールと呼ばれます。 図の提供 NASA/SDO and the AIA, EVE, and HMI science teams. ) では、プラズマベータが 1 に近い値になり、気体が磁力線を動かす効果が無視できないかもしれないという指摘もあります ( Schrijver & van Ballegooijen, 2005 )。
太陽表面:基本的には気体が支配
太陽表面でのガス圧は \(9000 \ \text{Pa}\) 程度です。磁場強度が \(0.15 \ \text{T}\) 程度の場合にプラズマベータが 1 になります。表面の多くの領域では磁場はこの値よりも弱いので、気体が場を支配しています。
この場合、磁力線凍結定理より磁力線は気体の流れに従って移動せねばなりません。磁場が気体の動きを制限することはあまりありません。この力関係が生み出す観測事実は Part 2 で紹介します。
ただし、後述するように黒点などの領域では \(0.15 \ \text{T}\) を超える強い磁場が存在します。よって、そのような領域では磁場が支配的になります。
コロナの磁場 1 :全体像
観測は難しい
詳しくは記事「プラズマ診断:太陽を「見る」だけでここまで分かる」で説明していますが、太陽から発せられる光のスペクトルの中にある 吸収線 脚注 [吸収線]:太陽からの光をスペクトル分解 ( = 各波長ごとの強度を表示) すると、周りと比べて強度の弱い波長帯が所々に現れます。これを吸収線と言います。逆に、どの吸収線にも該当しないような波長の光を連続光と言います。 図:太陽光を各波長 (色) ごとに分解したもの。黒く見える波長が吸収線。提供 N.A.Sharp, NOAO/NSO/Kitt Peak FTS/AURA/NSF を偏光観測という手法で調べることにより、太陽表面での磁場の様子は比較的良い精度と解像度で知ることができます。
一方で、表面の上空の 彩層 脚注 [彩層]:太陽大気のうち、高度 500 km から数千 km の層を指します (太陽半径は約 70 万 km)。太陽表面より少しだけ上の領域と考えてください。例えば波長 656.3 nm (Hα 線) や 396 nm (Ca H 線)、 30.4 nm の光などで観測すると見ることができます。 や コロナ 脚注 [コロナ]:高度数千 km より高層の大気を指します (太陽半径は約 70 万 km)。極端紫外線や X 線で見ることができます。 の磁場の様子を表面と同じ観測手法 (偏光観測) で調べることは、現在では難しい挑戦です。磁場は基本的に太陽表面から離れる程弱くなるため、上空の磁場を観測するにはより繊細なシグナルを検出する必要があります。しかしながら、上空に行くほど観測できる光の強度 (明るさ) 自体も弱くなるため、高精度の観測を行うことが難しくなります。
偏光観測によるコロナの磁場観測は近年建設された米国の大型太陽望遠鏡 DKIST が挑もうとしています ( Rimmele et al., 2020 )。詳しくは記事「地上からの観測 2:電波観測」で説明しますが、電波による観測から後述する 活動領域 脚注 [活動領域]:太陽コロナの画像を見ると、特に明るく光っている領域が存在していることがあります。これを活動領域と言います。活動領域は磁場の強い領域であり、ふもとの太陽表面 (光球) には黒点があります。活動領域以外の領域を静穏領域と言います。コロナの画像で特に暗く見える領域はコロナホールと呼ばれます。 図の提供 NASA/SDO and the AIA, EVE, and HMI science teams. の磁場強度についての知見を得ることができます。また、コロナで観測される アルベーン波 脚注 [アルベーン波]:磁力線はなるべく真っすぐになろうとする性質 (磁気張力) を持ちます。そのため、磁力線の一部が揺れると、その揺れは通常の弦のように横波として伝わります。これをアルベーン波と言います。アルベーン波の伝わる速さは磁場の強さに比例し、密度の 1/2 乗に反比例します。太陽内部や表面では基本的に音波の方が速く伝わりますが、コロナではアルベーン波の方が速く伝わります。 という波の伝搬速度を調べることによって、磁場強度を推定する研究もあります ( 図 10 , 詳細は図のキャプションを参照 )。
図のような 2 次元的な磁場強度のマップから 3 次元的な磁力線の様子を推定するのは更に難しい課題です。
このように、コロナの磁場を観測から直接明らかにすることは最新の研究分野です。今までのコロナ磁場に関する知見は、表面磁場の観測結果を基にした理論モデルによって得られてきました。
PFSS モデル
図 11 は観測衛星 SDO に搭載された装置 HMI が観測したある日の太陽表面の磁場の様子です。図の読み方についてはキャプションを見てください。
観測された表面磁場の様子からコロナ全体の磁力線の様子を計算するためには、太陽表面全体に渡る磁場のデータが必要です。上の図は地球から見える半球分のデータしかありません。太陽は 30 日弱の周期で自転しているため、地球から観測できる面は日々移り変わっていきます。図を撮影した日の前後 27 日間に観測されたデータから全球に渡る磁場の様子を疑似的に作成したものが 図 12 です。英語で「synoptic map (総観図)」と呼ばれます。図 12 の矢印で示した経度付近が 図 11 では中央付近に見えています。
図に映っている強い磁場が存在する領域は数日経てば形を変えるため、この総観図はどこかの瞬間の実際の太陽全面に渡る様子を表しているわけではありません。後に説明する磁場の計算結果を見る際には、この処理の段階で大きな不確かさが生まれていることを心に留めなければなりません。
上の総観図を入力して電磁気学的な方程式をコンピュータで解くことによって計算された磁力線の様子が 図 13 です。PFSS モデルと呼ばれる手法によって計算されたものを載せています。
PFSS モデルでは短い計算時間で磁場の様子を計算するために、コロナに電流が存在しないという仮定を課しています。実際には電流が存在するからこそフレアのような現象が起こります。よって、この仮定はかなり大胆なものなのですが、コロナ全体の大まかな磁力線の様子を定性的には正しく再現できていると考えられています ( 例えば Wiegelmann et al., 2017 )。ただし、後述する活動領域のように磁場が複雑に絡まった領域は再現できません。
図 13 は記事「11 年周期:太陽の睡眠サイクル」で説明している 11 年周期の極大期の頃 (2014 年) の様子です。対して、極小期の頃 (2019 年) の様子を 図 14 に示します。
極大期の様子に比べると、地磁気に近い形状 (南北方向の双極子) になっています。極大期には活動領域 (黒点) が多数存在するために、コロナ全体の磁力線はごちゃごちゃとしていましたが、極小期には活動領域がほとんど無いのに加えて極域磁場の全盛期であるため、このような形状になっています。このあたりの話題については 11 年周期の記事 で説明しています。
ストリーマーとコロナホール
図 13 や 図 14 を見ると、表面から突き出している磁力線は大きく 2 種類に分けられることが分かります。図に白色で示されているのは閉じた磁力線と表現されるもので、表面から突き出してコロナでループを描いた後、再び表面に突き刺さっています。対して、図に赤や緑で描いたのは開いた磁力線と呼ばれるもので、表面とは片方の端でしか接触しておらず、もう一方の端は宇宙空間に向かって伸びています。
図 15 は観測衛星 SOHO に搭載されたコロナグラフ LASCO が撮影したコロナです。コロナグラフとは、太陽本体を円盤で隠し、コロナを 白色光 脚注 [白色光]:特殊なフィルターを通していない光 (可視光) を撮影したという意味です。 で観測する装置です。光球から発せられた後にコロナで散乱を受け、地球方向に進路を曲げられた光を見ています。
図で明るく写っている構造はストリーマーと呼ばれます。ストリーマーは開いた磁力線と閉じた磁力線の境界の位置を示すものであると考えられています。図 16 に青色で示したように、この境界は太陽半径の 2 倍や 3 倍の半径まで飛び出ていて、先端がとがった構造をしているのではないかと考えられています。境界の内側の閉じた磁力線の領域には外側よりも高密度の物質が閉じ込められているために、光球からの光をより多く散乱することでコロナグラフでは明るく写るのだというシナリオです ( 例えば Chen, 2013 )。
上の図は 2 次元的に簡略化されたものですが、実際の境界は、特に極大期には複雑であると考えられます。PFSS モデルによって推定された大雑把な境界の様子を 図 17 の上段に示します。左は 図 13 ( 図 15 ) と同じ日の (極大期での) 様子、右は 図 14 と同じ日の (極小期での) 様子です。
上段の図の太陽表面を模した面には、開いた磁力線の足元に相当する領域が緑や赤で示されています。このような領域をコロナホール (coronal hole) と言います。図の下段に示したのは観測衛星 SDO に搭載された装置 AIA が波長 19.3 nm の光で捉えたコロナの様子です。オレンジ色で示したように、コロナホールはこの装置では暗く写ります。これは物質の密度が (周りより 1 桁ほど) 低くなっているからです ( 例えば Cranmer, 2009 )。
PFSS モデルはストリーマーの形までは正しく再現できませんが、コロナホールの大まかな位置は再現することができます ( 詳しくは例えば Wiegelmann et al., 2014 )。コロナホールは極大期には様々な緯度に現れますが、極小期には極域を中心に現れます。これは前述したように、極小期には南北方向の双極子磁場が卓越するからです。
コロナの磁場 2 :活動領域
図 18 に観測衛星 SDO が捉えたコロナ、光球、表面磁場の様子を載せます。上では 19.3 nm の画像に写った暗い領域 (コロナホール) について説明しましたが、今度は明るい領域に注目します。
例えば図に緑色の丸で示したように、コロナの画像 (上段) で特に明るい領域を活動領域 (active region) と言います。この領域ではフレアや CME などの現象が頻繁に起きるため、この名前が付いています。図 7 のフレア時の動画も活動領域の様子を捉えたものです。図の下段を見ると、活動領域には黒点が存在し、黒点は表面磁場が強い領域に対応することが分かります。
磁場の強さ ( 磁力線 脚注 [磁力線]:各場所での磁場の向きを繋げた曲線を磁力線と言います。理想的には磁力線の密集度がその場所での磁場の強さ (単位 T, テスラ) を表しますが、実際の図では特徴的な磁力線だけを間引いて描くため、この限りではありません。磁力線が分裂したり合流したりすることはありません。電気を通すプラズマでは磁力線は物質に凍結している (物質は磁力線に垂直な方向に動くことができない) ので、磁力線の動きはその場所でのプラズマ (物質) の動きを表します。 の密集度) という観点では、太陽表面で観測される構造の中で黒点を超えるものはありません。しかしながら、太陽全体の磁力線の本数 ( 磁束 脚注 [磁束]:その密集度が磁場の強さ (strength; 単位 \(\text{T}\), テスラ) を表すように磁力線を描いたとき、磁力線の本数に相当する概念が磁束 (flux; 単位 \(\text{Wb}\), ウェーバー) です。ある面積 \(S\) を強度 \(B\) の磁場が垂直に貫いていたとき、その面積を貫く磁束は \(SB\) と計算できます。磁束の単位には \(\text{Mx}\) (マクスウェル) が用いられることもありますが、\(1 \ \text{Mx} = 10^{-8} \ \text{Wb}\) です。 ) に注目すると、ある瞬間に太陽表面を貫いている磁力線の多数派は活動領域ではない場所 ( 静穏領域 脚注 [静穏領域]:太陽コロナの画像を見ると、特に明るく光っている領域が存在していることがあります。これを活動領域と言います。活動領域は磁場の強い領域であり、ふもとの太陽表面 (光球) には黒点があります。活動領域以外の領域を静穏領域と言います。コロナの画像で特に暗く見える領域はコロナホールと呼ばれます。 図の提供 NASA/SDO and the AIA, EVE, and HMI science teams. ) から生えているのではないかと考えられています。詳しくは Part 2 で説明します。
活動領域の根源
活動領域は上述したストリーマー内部 (閉じた磁力線の領域) の一角を占めます。詳しくは 11 年周期の記事 で説明していますが、 対流層 脚注 [対流層]:太陽半径を \(R_\odot =\) 約 70 万 km としたとき、\(0.7 R_\odot \)から表面 (\(1 R_\odot\)) までの領域を指します。この領域では主に熱対流によってエネルギーが外側へと運ばれます。 の底には 図 19 (A) のような形状の強い磁場が横たわっていると考えられています。この磁力線はしばしば表面まで浮上してきます ( 図 19 B )。
浮上してきた磁力線の束の一部が表面を突き抜けて大気に顔を出したところが活動領域になります。そして、強い磁場が表面を突き抜けている断面が黒点になります。磁力線は途切れてはいけないので、磁力線の束が大気に突き抜けていれば、必ずどこか近辺で内部に再び潜らなければなりません。確かに、図 18 に写っている活動領域は必ず両極性 (bipole) の表面磁場 (白と黒の対) を持ちます。
黒点について詳しくは 黒点の記事 を読んでください。また、記事「活動領域:フレアの量産源」では磁力線の束が浮上して黒点が形成されていく様子を紹介しています。
詳細な姿
図 18 に丸で示した活動領域を拡大したものを 図 20 に示します。図の上段は コロナ 脚注 [コロナ]:高度数千 km より高層の大気を指します (太陽半径は約 70 万 km)。極端紫外線や X 線で見ることができます。 の様子、下段は左からそれぞれ 光球 脚注 [光球]:フィルターを通さずに可視光で観測したときに明るく映る層のことです。大雑把にはこの層が「太陽表面」と呼ばれます。より細かくは高度 0 から 500 km あたりの層を言います。 、表面磁場、波長 656.28 nm (Hα 線) で捉えられた 彩層 脚注 [彩層]:太陽大気のうち、高度 500 km から数千 km の層を指します (太陽半径は約 70 万 km)。太陽表面より少しだけ上の領域と考えてください。例えば波長 656.3 nm (Hα 線) や 396 nm (Ca H 線)、 30.4 nm の光などで観測すると見ることができます。 の様子です。各画像を観測した装置については図のキャプションを見てください。
図の上段に示したように、活動領域のコロナ画像にはしばしば大きなループ状の構造が写ります。これは磁力線の様子が浮き彫りになったものです。上述したように、コロナでは気体は磁力線に沿った方向にしか動けません。加えて、磁力線に垂直な方向には熱も伝わりません。このため、コロナでは磁力線ごとに異なる温度や密度の気体が存在しています。
上段の 3 枚の画像では、それぞれ異なる温度の気体が明るく写っています。詳しい温度帯は図に書き込んであります。よって、それぞれの観測装置に感度のある温度の気体を持つ磁力線のみが選択的に明るく写ることになります。それぞれの画像で透明な領域は感度の都合で映らなかっただけであり、磁力線 (磁場) が無いわけではないことに注意してください。
下段の画像を見ると、黒点付近の光球はうっすらと明るくなっています。これを白斑 (facula) と言います。表面で強い磁場 (密集した磁力線) が大量に突き抜けている領域は黒点になります。対して、黒点を形成するほどではない少量の磁力線が散らばって突き抜けている領域は白斑として写ります。つまり、白斑は黒点に次いで磁場の強い領域に対応します。このことは表面磁場の画像を見ると確認できます。白斑について詳しくは記事「粒状斑:太陽表面での対流」で説明しています。
黒点付近の上空の彩層は明るく写っています。これをプラージュ (plage, フランス語でビーチの意) と言います。プラージュはその下層の光球に白斑があるような、黒点周りの磁場が強い領域に形成されます。よって、磁場が強いことと関連して強く加熱されることで明るくなっているのだろうと考えられていますが、なぜ磁場が強いと熱くなるのかについてはまだよく分かっていません ( 例えば Carlsson et al., 2019 )。
磁力線の様子
図 20 の活動領域は対の黒点を持っています。これは先ほど述べたように、大気に出てきた磁力線が再び内部に潜っているからです。表面磁場の図には白と黒の逆磁極の対が存在しています。磁力線の量 ( 磁束 脚注 [磁束]:その密集度が磁場の強さ (strength; 単位 \(\text{T}\), テスラ) を表すように磁力線を描いたとき、磁力線の本数に相当する概念が磁束 (flux; 単位 \(\text{Wb}\), ウェーバー) です。ある面積 \(S\) を強度 \(B\) の磁場が垂直に貫いていたとき、その面積を貫く磁束は \(SB\) と計算できます。磁束の単位には \(\text{Mx}\) (マクスウェル) が用いられることもありますが、\(1 \ \text{Mx} = 10^{-8} \ \text{Wb}\) です。 ) が少ない活動領域では、片方の黒点が形成されずに白斑として顕在化することもあります ( 図 21 )。いずれにせよ、表面磁場の観点からすると対の磁極を持ちます。
大きな活動領域の場合は特に、活動領域の中心部の磁力線は複雑な形状を取ることがあります。上で紹介した PFSS モデルでは活動領域の複雑に歪んだ形状の磁力線の様子を再現することはできません。しかし、近年の磁場観測装置の発展に伴って、例えば NLFF モデルのような計算手法によって上手く再現できるようになってきました。
このモデルも PFSS と同様に、観測された表面や彩層の磁場データから外挿して磁力線の様子を計算する手法です。PFSS では電流が存在しないと仮定しましたが、 NLFF では電流の存在を認める代わりに、気体に働くローレンツ力があらゆる場所でゼロであるという仮定を課します。これはプラズマベータの小さいコロナでは比較的良い精度で成り立つと考えられます。
NLFF モデルによって計算された活動領域の磁力線の様子は 活動領域の記事 や フレアの記事 で紹介しています。NLFF モデルについてより詳しくは例えば Wiegelmann & Sakurai (2021) を読んでください。
惑星間空間の磁場
この節では、地球や他の惑星を取り囲む惑星間空間 (interplanetary medium) の磁場の様子について説明します。
半径数 \(R_\odot\) から数十 \(R_\odot\)
低高度コロナの少なくとも磁場の強い領域では磁場が気体を支配していると述べました。太陽半径 (表面の半径) を \(R_\odot =\) 約 70 万 km として、半径 \(2R_\odot\) に近い高度 (10 万 km から 100 万 km) より上では、気体が磁場を支配するようになります。
この辺りより上の高度では、物質は太陽表面から離れるように外向きに流れています。太陽風 (solar wind) と呼ばれる現象です。半径 \(10 - 20 R_\odot\) になると、もはや磁力線は蜘蛛の糸のように太陽風の流れに引きずられるままであると考えられています。
このため、半径数 \(R_\odot\) の高度での磁力線はほとんど太陽から離れる方向 (動径方向) に向いていると考えられます。仮に閉じた磁力線がこの高度に存在したら、その頂点は太陽風に引きずられて惑星間空間の彼方まで伸びるはずです ( 図 22 )。よって、この高度より上では基本的に開いた磁力線しか存在しなくなります。このようにして上で説明したストリーマー構造が生まれると考えられています。
上で紹介した PFSS モデルは気体と磁場の相互作用を考慮していないので、この効果を自然に再現することはできません。代わりに、半径 \(2.5R_\odot\) の高度で磁力線は動径方向に向かなければならないという制限を与えることで、ストリーマー構造をむりやり作り出しています。この \(2.5R_\odot\) に置かれた人工的な面を流源面 (source surface) と言います。\(2.5\) という数字は惑星間空間の磁場の様子をいちばん正確に再現できるように決められています。
半径数十 \(R_\odot\) より外側
更に外側の (太陽表面から離れた) 領域に注目します。惑星間空間では太陽風は基本的に放射状 (動径方向) に吹いています。詳しくは記事「太陽風:常に噴き出すスプリンクラー」で説明していますが、地球近傍で探査機によって観測される太陽風の速さは遅いもので 300 - 400 km/s 程度、速いもので 700 - 800 km/s 程度です。
太陽近傍から流れ出した太陽風が 1 億 5000 万 km ( = \(215R_\odot\)) 離れた地球に到達するのには数日かかります。太陽は 30 日弱の周期で自転しているので、注目する太陽風によって引きずられている磁力線の足元はこの間に一定の角度回転しています。このため、惑星間空間の磁力線は 図 23 のように渦を巻きます。この構造をパーカースパイラル (Parker spiral) と言います。
太陽風の流れはあくまで太陽から離れる向きであることに注意してください。スパイラルを描くのは太陽風によって引きずられる磁力線の形状です。図 23 は太陽の赤道を拡張した平面内での様子ですが、他の緯度に足元を持つ磁力線の様子も含めて 3 次元的に描くと 図 24 のようになります。
観測例
NASA が 1997 年に打ち上げた探査機 ACE は、地球より太陽側に 140 万 km ( = 0.01 au) ほど離れた位置 (ラグランジュ点) で太陽風の性質や磁場の様子を常時モニタリングしています。これは地球の 磁気圏 脚注 [(地球) 磁気圏]:地球の近傍に広がった地磁気に守られている空間を磁気圏と言います。磁気圏は太陽風とのせめぎ合いの結果、太陽と反対の方向に長い尾を持つような形になっています。 図の提供 NASA/Goddard/Aaron Kaase. の外ですが、太陽系規模で見ると地球近傍と言える位置です。
とある一週間における ACE の観測データを 図 25 に示しました。最上段は磁場の強さ、中 2 段は磁場の向きに関する量、最下段は太陽風の速さを示しています。
図に示された期間には 400 km/s 程度の太陽風が地球に吹き付けていたようです。磁場の強さは \(5 \ \text{nT}\) 程度です。地表面での地磁気の強さは 3 万から 6 万 \(\text{nT}\) 程度なので、それに比べると弱い磁場です。
図 25 の中 2 段に示した \(\phi\) と \(\theta\) は 図 26 のように定義されています。上で説明したパーカースパイラルの仕組みに基づいて幾何学的な考察をすると、太陽風の速度が 400 km/s のときの地球近傍では \(\theta =\) 0 度であり、\(\phi\) は磁場の極性によって 135 度か 315 度程度であるはずだと計算できます。
図 25 の \(\phi\) の欄に示された横線は 135 度と 315 度を示しています。数分から数時間のスケールでは磁場の向きは大きく変化していますが、数日単位で平均すると、およそ計算の通りであるように見えます。6 月 13 日に磁場の極性が反転している様子も確認できます。
このように、惑星間空間は平均的な構造としてパーカースパイラルになっています。特に 11 年周期の極小期には比較的綺麗なスパイラル構造をしていると考えられています。逆に極大期の頃は、記事「CME:噴出するプラズマの雲」で説明している ICME (惑星間空間擾乱) の影響で、スパイラル構造は乱されていると考えられます。
参考文献
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